飄々舎

京都で活動する創作集団・飄々舎のブログです。記事や作品を発表し、オススメの本、テレビ、舞台なども紹介していきます。メンバーはあかごひねひね、鯖ゼリー、玉木青、ひつじのあゆみ。

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「ゆゆしい音色」4−1:初恋 【同人小説】

前回はこちら↓ 

hyohyosya.hatenablog.com

 

 「美術館に切断された指 被害者は身元不明 TM

 

 10日午後3時30分ごろ、TMM区の市立美術館において男性のものと思われる左手の指4本が発見された。第一発見者である美術館警備員はただちに警察に通報。駆けつけた警官によって事件の捜査が行われている。現場に争った形跡はなく被害者の身元は現在のところ不明。」

 

 第一発見者である警備員、荒木という名の62歳の男はその期間使用されていない「展

 

示室A」を巡回していた。そこで、部屋の外に続く非常階段へと繋がるステンレス製の扉にシミのようなものを発見する。ポケットにあったハンカチでそこを擦ってみるとなにか褐色のものがぱりぱりと剥がれる。ドアノブをひねって押すとぷしゅーと空気の漏れる音がして少し開く。もう一度踏ん張り直さないと最後まで開ききることができないくらいドアは重い。外に出たところで足元、鉄製の赤錆びた金属製の階段に4本の指が落ちている。彼はそれを拾って先ほどのハンカチに包んだ。本物かどうかわからないし、下手に触って指紋でもつくのもいやなので、ひとまず警察に連絡することにした。

 15時過ぎ、T県警M警察署刑事課課長、町田のもとに連絡が届く。そのときはまだ素人の見間違いだと考えていた町田は同署の警官、大足・奏江両警部補を現場に赴かせる。15時半、現場に到着した二人は荒木から問題の指を確認する。大足警部補はそれをすぐに本物であると断定し、その旨をM署と鑑識に報告。腐らないように透明なビニールの袋に密封して美術館警備部の詰所にある冷蔵庫に一時保管した。16時半、町田警部、磯部巡査と鑑識数名が到着。大足と鑑識の一部は指紋と切断面に付着した血痕からDNAを採取すると一度署に帰還する。17時、大足から現場に残っていた町田に連絡が届く。

町田「被害者の身元、もう出たらしい。向井比呂志、42歳」

奏江「本庁まで連絡いったんですか」

町田「まだ。でも今回はいくだろうね」

 磯部が被害者の写真の写ったタブレットを町田から見せられる。署の資料に残っていた向井の写真が拡大される。「うわ、悪そうな顔してますね。殺されて当然だ」写っていたのはどう見ても30代以上には見えない目が細く唇の分厚い青年。

町田「磯部くん、まだ死んだかどうかわかんないから」

奏江「これで42歳ですか?」

町田「ちがうよ。それは当時の写真。なんかうちの署にあった指紋と一致したんだって。この人、昔この辺に住んでたらしい。原チャの信号無視かなんかで一回捕まってるみたい」

磯部「まじっすか」

町田「まじだよ」

磯部「今もっすか?」

町田「いや、交通課に免許証の住所を書き換えた記録が残ってたって。かなり前に引っ越してるね」

奏江、非常口の重たいドアを調べながら「じゃあ、本庁ですね」

町田「がっかりするなよ」

奏江「このドア確かに重いですけど、さすがに人間の指とは言え思いっきり閉めないと切断できませんよ」

磯部「誰かと争っていたのか。暴力団か、地元の不良グループが関わってるかもしれませんね」

奏江「暴力団か不良が美術館で乱闘しますか?」

磯部「しないっすね」

町田「適当なこと言っちゃダメだよ。鑑識結果がまだだけど切り取られて3日は過ぎてないだろう。すぐにここ1日、2日でこの近く通った人間を洗ってもらおう。磯部くん」

磯部「美術館の来場者、全部ですか?」

町田「はい、受付行って。あ、あと荒木さん呼んできて」

 警備員の荒木がやってくる。

町田「荒木さん、昨日と一昨日ってここの巡回、誰がしたかわかります?」

荒木「一昨日は私が。昨日は水嶋という男なんですが、」

町田「水嶋……水嶋謙吾?」

奏江「知ってる人ですか?」

町田「うちのOBだよ。奏江くん、君の前に大足くんと組んでたの、水嶋くんだから。荒木さん、すみません水嶋さんって……」

磯部「部長! 監視カメラのデータが残ってるそうです!」

町田「うるせぇな。お前、いっつもいっつも耳元で叫ぶわ、突然出てくるわ、出てきたら出てきたでうるせぇわ」

磯部「すいません! 気配はどうにもならないです!」

町田「部長じゃねえし、課長だし」

磯部「そうだったんですね」

町田「磯部くん、それ、お借りできるならお借りしていつでも見えるように準備」

磯部「了解しました」

荒木「あの、」

町田「荒木さん、とりあえずもう大丈夫です。またなんかあったら呼ぶんで」

奏江「課長、水嶋さんの件が途中です」

町田「そうだった」

荒木「あの、あちらで隣の展示室からこちらをちらちら覗いてる方が」

奏江「野次馬でしょう」

町田「野次馬だね。まあでも地取りくらいしておいてもいいんじゃない? 奏江くん」

奏江「私ですか?」

町田「はやく」

 

 そして、奏江みき警部補は僕の目の前にやってくる。

caution 注意」の黄色いテープの向こうからパンツスーツに身を包んだ女がこっちに歩いてくる。踵の高い靴を履いているようだが、足音はない。男性的で意思の強そうな大きく股を開く歩き方。勤務中は女であることを拒むみたいに尻や胸のはかたちがスーツの型の中に隠れる。白いブラウスの襟の隙間に覗く鎖骨と首。顔の輪郭は丸くまとまり、顎に向かって緩やかにふっくらと尖る。品のいい口許。しっかりと角度の付いた鼻が顔のバランスを支配する。発芽しかけた木の実のような目はよく見ると目尻が垂れているが、短い眉が眉間の両脇で上に向かってくっとつり上がっているので表情は引き締まる。飾り気はないが確かに美人。しかしそれ以上になにかひっかかるところがあって彼女の顔をじーっと見る。この女の顔をどうしても懐かしいと思えてくるのはなぜなのか、自分の頭の中に入っているあらゆる女の顔を彼女の顔に重ね合わせる。パズルのピースを探すみたいにはめてみてはまた取り替えて。女が愛想のない声を僕にかける。

「なにかご用でしょうか?」

 ぜんまいが巻き終わって止まっていた時計が動き出す、静止画だった記憶がぐらぐら動きはじめる。全身の毛穴から火花が噴出するような気がした。僕はガタガタ震えだす。

「……みきちゃん?」

「え?」

 

つづく

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