飄々舎

京都で活動する創作集団・飄々舎のブログです。記事や作品を発表し、オススメの本、テレビ、舞台なども紹介していきます。メンバーはあかごひねひね、鯖ゼリー、玉木青、ひつじのあゆみ。

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「また村上春樹がノーベル文学賞獲れなかった」。そんなことより受賞した女性ジャーナリストの『チェルノブイリの祈り』を紹介します。【おすすめ本】

イトウモです。

 

 201510月8日、今年のノーベル文学賞受賞者が発表されました。

 毎年この時期には「また、村上春樹が獲れなかったよ」という報道がもう秋の風物詩のようになりつつありますが、今年ばかりはもっと気の利いたヘッドラインが望まれるのではないでしょうか。というのも、今年の受賞者は1986年のチェルノブイリ原子力発電所事故に大変関わりの深い作家だからです。

 

受賞者スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチってどんな人?

 

スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ Святла́на Алякса́ндраўна Алексіе́віч 1948〜)

ウクライナ出身、教師の両親を持つベラルーシで活躍するジャーナリスト。著書『チェルノブイリの祈り』によってスウェーデンPENクラブ、クルト・トゥホルスキー賞、第30回全米批評家協会賞ノンフィクション部門、ドイツブック・トレード平和賞、他各賞受賞。

 

邦訳のある代表作

『戦争は女の顔をしていない』(1984

『ボタンの穴から見た戦争』(1985)

『アフガン帰還兵の証言』(1991

『死に魅入られた人びと−ソ連崩壊と自殺者の記録』(1997

『チェルノブイリの祈り』(1998)

(原著作発表年)

 

 ベラルーシと言われると確かに日本には馴染みのない国です。国名は白(=ベラ)ロシア(ルーシ)を意味し、かつてのソ連領、そしてソ連分裂後もルカシェンコ独裁政権下におかれる当時の東側の空気をいまだに残した珍しい国と言えるでしょう。以前に日本のテレビ局でベラルーシには美人が多いという特集をしていたのを見たことがあります。実際にロケーションをしてみると混じりっけなしの金髪碧眼、鑿で削ったみたいに整った顔立ちの女の人が本当に何人も歩いている、それでインタビューをしてみると国外のものにほとんど興味がないと受けごたえするという光景でした。ある点ではとても純な、実際にも一風変わった国のようです。

 国柄とは対照的に、アレクシーヴィチの著作歴は第二次世界大戦、アフガン侵攻、ソ連崩壊、そしてチェルノブイリ事故と国際的にホットな話題が目立ちます。今回、ノーベル文学賞をジャーナリストとしてはじめて受賞した彼女は厳密には小説家や文学者ではありません。しかし、彼女の書いているものが新聞に載っている記事や社説のようなものかというとまたそれとも異なります。

 彼女の作風は戦争作家のアレシ・アダモヴィチの影響のもと、録音機材を片手に戦争や災害の被害者の家々を回りインタビューを文字起こしし、独自の観点でコラージュするというもの。特に彼女自身がインタビューなどで認めるように男性よりも女性の主観的な、当座の感情がこもった表現を好んで選び、ほとんど注釈もつけずにできるだけその発言だけで作品を構成していく手法には、ジャーナリスティックな客観性よりもクリエイティブな主観性が垣間見られます。実際に手にとって読んでみると新聞や雑誌よりもフィールドワークの資料や、多分それが口語であるからでしょうがドキュメンタリー演劇の戯曲のような質感の文章が並んでいます。彼女はそれを「合唱」と呼びます。

 

『チェルノブイリの祈り』

 

 そして、彼女の代表作『チェルノブイリの祈り』が一番響く読者層というのは、今、世界中で日本人をおいて他にないのではないでしょうか。

 内容は事故から十数年後のベラルーシで汚染地帯に暮らす人々を対象としたインタビュー集。事故現場について当事者の言葉で、率直なかざりのない言葉でしかしそれはそれは生々しく語られています。当時の状況を鮮明に覚えている人もいれば、事故後に変わってしまった現地の暮らしを現在形で語る人もいます。事故後に外国から移住してきたかつてのソ連人の話にはアレクシーヴィチの別の著作、アフガン侵攻やソ連の政治状態と地続きのテーマも見え隠れします。文学的な当事者の「叫び」だけでなく、巻末にはチェルノブイリに関する歴史的資料も載せられ、この事件について初心者でもよくわかるようにまとめられています。医者、歴史学者、ジャーナリスト、政府役人といった専門家のインタビューも散見される中、農婦や専業主婦といった家で働く女性の声が印象に残るように編まれているところにアレクシエーヴィチの作風を伺えます。

 開くとまず、第1章のまえに事故現場で勤務していた消防士の旦那、そして事故当時妊娠していたその旦那の子どもを失った20代前半の女性のインタビューが綴られています。彼女は事故現場から帰ってきて病院内で隔離された夫に会うことを禁じられ医者にも看護師にも家族にも夫に会うことを止められながらも、妊娠していることを隠して夫の病室に入り浸ります。しかし、入院後2週間で夫は亡くなってしまう。生まれた赤ん坊も肝硬変の障害を抱えている。このインタビューは以下のようにはじまります。

 

「なにをお話しすればいいのかわかりません。死について、それとも愛について? それとも、これは同じことなんでしょうか。なんについてでしょうか」

 

 

 インタビューなのにあまりにも出来すぎた言葉で作家の、あるいは編集の作為が大いに感じられるのですが、その作為が時代や場所を超えてぐっと読者を書かれた言葉へと引き寄せるような気がします。

 東浩紀の『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド』のような動きもあり、この遠い異国はここ数年で日本に急接近しています。内容は重いですが、話し言葉で書かれ分量も短い一冊。読書の秋に読んでみてはいかがでしょう。

 

 

チェルノブイリの祈り――未来の物語 (岩波現代文庫)

チェルノブイリの祈り――未来の物語 (岩波現代文庫)

 

 

チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド 思想地図β vol.4-1

チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド 思想地図β vol.4-1

  • 作者: 東浩紀,津田大介,開沼博,速水健朗,井出明,新津保建秀,上田洋子,越野剛,服部倫卓,小嶋裕一,徳岡正肇,河尾基
  • 出版社/メーカー: ゲンロン
  • 発売日: 2013/07/04
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