飄々舎

京都で活動する創作集団・飄々舎のブログです。記事や作品を発表し、オススメの本、テレビ、舞台なども紹介していきます。メンバーはあかごひねひね、鯖ゼリー、玉木青、ひつじのあゆみ。

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ゆゆしい音色16:儀式 【同人小説】

 T県警察M市警察署副署長、柳沼六郎の葬儀はその週末の日曜に行われた。

 M市のインターチェンジ入口へと繋がる立体交差の脇には二つの葬儀場がある。式はそのうち大通りからこの道に入って奥まったところにある二つ目の葬儀場で行われた。駐車場の奥にある3階建ての建物の入口に「午後:柳沼家」と書かれた看板がかけられており、2階の葬儀場には昨日の通夜のまま飾られた祭壇、祭壇入口のウェルカムボードと向かい合うようにして応接間では食事の準備が進められている。正午には揃うはずの親族が昼食会を行うことになっている。受付には親族分の香典を見張っている故人の兄がどかっと座り、故人の長男七之助が妹の菜々子と椅子の数が足りるかどうかとか受付の位置が前に出すぎていないかとか火葬場にいくときに香典を誰に預けておくかとか葬儀場に貴重品の預かり所はあるかとか諸々の請求支払いはいつどこで行うかとかいうことを話している。七之助の妻と子ども達はウェルカムボードの脇にある待合椅子に腰掛け、二人の女の子たちのうちの一人は3DSスーパーマリオ・ブラザーズをプレイするのに夢中。もう一人は、久しぶりに会った2つ年上の従兄とかくれんぼをしながら、

ときどき嬌声を発したり、食事の準備をする葬儀場の職員にぶつかりそうになって母親に叱られる。反対側に座っているのは、御歳89歳になる個人の父親。最近肺がんの手術をしたばかりだ。今度は膵臓に影が見つかりがんの転移が疑われ、もしそれがそうなら先はもう長くないかもしれないと言われている。剃毛した小さな頭、大きなメガネ、ガリガリの骨ばった顔は歴史の教科書に載っているガンジーそっくりだ。彼の分まで栄養を吸ってしまったかのような81歳の妻、故人の母親は丸々と太っていて小さな顎が首の中に埋もれており、さっきから杖をつきながらトイレを探してうろうろしている。故人の叔母にあたる69歳の老婆は「こういちくん? 大きくなったね。お母さんにそっくり」と最近地元の私大に合格した菜々子の息子、リクルートスーツにしか見えない礼服を着た青年に話しかける。

 食事がはじまると、室内に設けられた6つのテーブルのうち、奥の3つに柳沼家の親族、手前の3つに六郎の妻、津村家の親族が並んで座る。トイレに行っている間に母親とはぐれてしまった中学生くらいの津村家の子どもは、どうやら知能に障害をかかえているらしくしかめた顔で終始手足を動かしながら自分の座る席を探し、母親と思しき人物に伴われるとやっと自分の席に誘導される。六郎の妻、さとみの母親は食事に「豪華だけれど、あまり美味しくはないね」と不平を言いながら出されたもの一品ずつすべて一口だけつついてあとは全部残してしまう。

 12時半をすぎると参列者が葬儀場に、市警はもとより県警からも多くの警察関係者が押し寄せ、葬儀場というよりは一斉家宅捜査のような雰囲気を帯びる。祭壇の真ん中には花飾りがなされ、左右に3つずつ六郎の男親族の名前が書かれた提灯が並ぶ。真っ白な棺の中に横たわる六郎の顔の部分だけ扉が開けられており、そこには生前の姿、遺影に映るよりもむくんだしかし化粧で血色だけ整えられた六郎が眠っている。参列者席が真っ黒なスーツの警官たちで埋め尽くされる頃、導師と仏僧が式場に入場し、七之助と母のさとみが挨拶をすませると葬儀がはじまる。

 導師によって引導法語が唱えられる。

 臨済僧が観音経を唱える。

 祭壇向かって右側に柳沼家、向かって左側に津村家の親族が並び焼香があげられる。子どもたちは親に伴われてきょろきょろと視線を泳がせながら前に出て行き、大人がするのの見よう見まねで決められた動作を行う。さとみや、菜々子、他何人かの女性親族はその場で泣き崩れる。お焼香に並んでいたみきが、参列の隅にフユヒコが座っているのを見つける。フユヒコがお焼香を済ませて帰っていくと、棺の胴体部分が開かれ親族がそれぞれ造花を棺の中に収めていく。震える声で七之助が閉式のあいさつを済ますと、若い女の葬儀スタッフが「今、流れている曲は故人が生前愛しておられた映画のテーマ曲で、」と、祭壇の入り口に備え付けられたピアノが奏でるポール・マッカートニーの『死ぬのはやつらだ』について説明を加える。ピアノのメロディに合わせて棺が運ばれ、警察職員たちの真っ黒な集団が葬儀場をあとにすると、片付けスタッフとみき、フユヒコだけが葬儀場に残される。

はみきちゃんに声をかける「ここに来たら、君に会えると思ったんだ」

 大足は、みき一人が「誰か」と話しているのを少しだけ気にかけながら葬儀場をあとにする。

 

 葬儀場から大通りに戻ったところに立っているドトールコーヒー、店内にスティービー・ワンダーの『マイ・シェリー・アモール』が流れ、注文したブレンド・コーヒーを一口啜ったところでみきが切り出す。

「この間、うちに人間の歯とカルテが届けられたの」そう言って、彼女はその歯とカルテを写した画像を携帯電話の画面に映し出す。

「刑事ドラマとかで、歯の治療痕から遺体や被害者の身元が判明するっていうことはよくあるけれど、実際には身元不明者の1割もそんな事例は起こらない。だから私のもとに届けられた歯と治療痕のカルテに関する書類は明らかに計画的に準備されたものみたい

「それから」

「指の身元は向井という、他所の市の市議会議員だったんだけど、この前フユヒコくんと偶然美術館で会ったでしょ。向井はあのときの被害者なの。私のもとに届いたカルテは二人の人物のもので、ひとつはこの向井。もう一つが何年もまえに亡くなった宮下雅秋というピアニストのものだった。二人は同じ女性と結婚した経歴がある。そして、宮下はあなたの奥さんの前の旦那さん、そうよね?」

 僕は黙って彼女が今言った言葉を頭の中で何度も反芻した。鼻と口をあまり動かさないように何度か深呼吸をしてから冷静を装って次の言葉を探した。

「これは、取り調べかなにかなの?」

「いいえ。まだ、そこまでの証拠はつかんでない」

「まるで刑事みたいな喋り方だ」

「刑事だよ」

「みきちゃん、それは君が個人的に保管している証拠なの? それとも警察がオフィシャルに取り扱ってる証拠? そもそも誰が君にその『歯』を送りつけてきたの?」

「……」

「それは結局、どういう出処の証拠なのか、はっきりしないものなんじゃないかな」

「もうひとつ。最近、川原で若い女性の死体が見つかった事件は知ってる?」

「……ああ」濃子だ。

「西村くん、親しかったんだよね」

「調べたんだね」

「……ピアニストの宮下、川原の女の子、それから今回の副署長。殺害現場の様子によく似ている部分があるの」

「どういうふうに?」

「どの遺体も首に細い棒で強く押した痕がある。死因は窒息死。どの事件も調べていくとあなたの奥さんがどこかで関与している。はっきり言うと、私に奥さんから話を聞かせてもらうことはできないかしら」

 彼女がとても職務的な理由で僕に会おうとしていたことにショックを受け、のこのこと彼女に再開できる機会を探しながらこんなところに来てしまった自分にもうんざりしながら言葉を探す。彼女の今喋った言葉を、ぶつぶつと自分の口で反芻しながら彼女の主張の隙間へと潜っていく。濃子のことがあってから憂鬱に沈みっぱなしだったが、そのせいで自分が前より一層他人に対する興味が薄れて一段と冷静に人と話すことが得意になった。

「……私に? 私たちに?」

「え?」

「それは君が個人的に行っている探偵ごっこなのか、警察の公式な捜査なのか訊いてるんだ」

「証拠次第で、その質問の答えは変わるわ」

 そこでみきのほうに刑事としてのスイッチが入った。相手は自分に必要な情報をもたらしてくれるかもしれない協力者ではない。

「探偵ごっこなんだね。副署長の事件は僕も不審に思ってる。あのとき、用があって近くにいたからね。君と一瞬、顔を合わせただろ。僕は確かにあの日、『事故』現場の近くにいた。ニュースを見たけど、あれは副署長が不注意で起こした事故っていうことになってるんだよね。決して殺人事件なんていう報道はされていないし、君が今言ったみたいな死因なんていう話のソースは僕ら、一般人がアクセスできるところにはどこにもない。SNSに根も葉もない警察の隠蔽・陰謀説を唱えてるのがいるくらいだ。大体、ピアニストだって、美術館のことだって、濃子のことだって君と関係がある物証はどこにもないんだよね? 似たような事件は全国で毎日起こる。みきちゃん、大体君は不用意だよ。こんなに人の多いところで話をするからには、結局まだまだ本気じゃないんだ」

「あなたの話し方は、なにかを隠そうとしているみたい」

「そういうのが探偵ごっこだって言ってるんだ。僕はうんざりしてるだけなんだ。濃子の事件のことで、大分参ってるんだ。僕は彼女と少し親しかった。そういう親しい人間が亡くなることだけで、僕も妻も十分うんざりしてる。誰にも蒸し返してほしくないんだ。亡くなった人は帰ってこない」

「あなたのもとに、濃子さんのことで他の警官が取り調べに来たことは?」

「ないよ」

「それは、不思議だと思わない?」

「極力、関わりたくないんだ。誰も聴きに来ないにこしたことはない。……みきちゃん、君は思ったよりずっと乱暴なんだね。でも、女でその年で警部補なんだ。そうでもしないときっと出世できなかったんだろ」

「……わかったふうに言わないでよ」

 車が通り過ぎる音を三台分聞いた。

「言い過ぎたよ」

「そんなにすぐ、撤回しないでよ」

「……」

「ごめんなさい。私のほうにも甘えがあった。私、少し期待してたのよ。あなたは私になにか言いたいことがあるんじゃないかって。確かに、今までも単独で強引なやり方で成果をあげることはよくあった。あなたの言う通り。同僚にもよく言われるの」

「僕は、弱ってただけだよ。濃子とは親しかった。そのことで大分、参ってたんだ。さびしかったんだよ。誰か安らぐとか、懐かしい相手がほしくて。こんな真剣な話は少しもしたくなかった」

「奥さんがいるじゃん」

「出てったよ。3日前に」

 

 最新式の火葬設備はものの数分で遺体を塵芥にしてしまう。親族たちはその場でほんの十数分六郎の火葬を待っているだけ。作業員の男が釜に遺体をおさめ、作業部屋に戻ってスイッチを押す。

 

 ジュッ。

 

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