ゆゆしい音色17:同窓 【同人小説】
8月15日。奏江みき、小学校と高校の同級生と食事。
「みきちゃん、ひさしぶり! 超ひさしぶりじゃない? え?だって高校ぶり? ってことはもう15年ぶりじゃない? だったら私たち、もう33になっちゃうじゃん。やだ、ちょっと待ってよ。ちがうちがう、そんなおばさんなはずないもん、でもすっごいひさしぶりだね。だって高校ぶり? ちがうわ。成人式のとき会ったわ。え、会った? 嘘、だって、私成人式行ってないもん。ちょっと、待ってよ。ひどくない? 私だってちゃんと友達くらいいたって。え? なんにも言ってない? そうだよね。でも中学、別々だったじゃん。ただ、そうそうそうそうあのときは大学のサークルの友達とハワイに行ってて。めっちゃ青春してるじゃん私。っていうかさっきからなんにもしゃべってないけど、みきちゃんってそんなに大人しかったっけ? 私が喋りすぎ? 喋り
すぎだよね。ごめん、ひいた? ひいたよね。っていうかすぐごめんとか言うのよくないよね。ちがうの。普段はこんなんじゃないの。だってひさしぶりに会ったからうれしくなっちゃって。っていうか私、ひさしぶりって何回言った? ねぇ何回言った? 今、何回言った? って今、何回言った? いい、いい、全然。そんなことは少しも答えなくていいんだけど。でもすごいね。警官? 本当に警官になったんだね。それも刑事なんでしょ。すごいね。女刑事だね。みきちゃんも銃とか撃ったりするの? 銃とかバーンって危なくない? テロリストとか撃ったりするの? 最近さ、怖い事件あったじゃん。でももう結構前か、彼氏がさ、今は彼氏じゃないんだけど、その彼氏がさ、っていうか人質になった人いたじゃん。それで殺されちゃったところの動画とかみせてくるの。そういうのグロいじゃん。で、もう朝から最悪、とか思って。うん、もう、別れたんだけど、そうそうだからそういうのも、そのときはすごい嫌だと思ったんだけど、今、思ってみると、なんかああ、別に私、幸せだったんだなとか、思って…。ごめん、なんの話だっけ。みきちゃんはさ、彼氏とかはいないの? え? 嘘。もったいないって。みきちゃんきれいなんだから。今のうちだけだって。私? そんなことないって。いや、もう必死だよ。この前街コン行ってさ。いやいや、全然普通だから。そうそうそれで、(携帯の画面を見せながら)今度この人とご飯食べに行くんだけど。ちがうちがう、そっちじゃなくて。そっち禿げてるじゃん。じゃなくて、こっち。格好よくない? 商社マンだって。年収教えてくれなかったけど。いや、がっついてとかはないから。いや、がっつきもしますよ。だって子どもいるしね。あれー、言ってなかったっけ。私、バツイチ。そうそうもう3歳。うん、毎日お弁当作って、幼稚園送って。そうそう。それで、この人には子どもの話もして、今度、ディズニーランド一緒に行けたらいいですね、とかって話してて。あ、これ、食べたらうちくる? 全然。今、母親に子ども預けてあるから。うん、私的には問題ないけど。……。ふうん。いや、予定あるなら仕方ないか。え? 仕事? じゃないよね。日曜だし。人と会うの? 男?……。ああ、覚えてる。西村くんでしょ、小学校のときの。いや、そんなに、あんまりそこまで覚えてないけど。頭よかったよね。中学受験してなかったっけ。私、家、結構近所だったから同じ中学いくと思ってたのに、入ってみたらいなくて、っていうか結構空気だったけど。あ、でもなんか本、出してたよね? そっちのほうが知らない? なんて言ったっけ、ほら、あの、」
*** *** ***
「あのさ、ゆっこって覚えてる?」
「誰? みきちゃんの知り合い?」
「浜田ゆきこ。小学校の同級生」
「……わかんない」
「本当に? そっか。向こうはさ、西村くんのこと覚えてるって言ってたよ」
「嘘だ」
「あ、料理きた」
「いいよ、先食べて」
「ちがうでしょ。そっちのでしょ」
「海老の……あ、ほんとだ」
「『いいよ、先食べて』」
「はいはい」
「浜村さんがどうしたって?」
「今朝さ、会ってたきたんだけどさ。結婚して、子ども二人だって。双子。それで離婚して彼氏募集中だって」
「僕はだめだよ。結婚してるから」
「そういうことじゃなくてさ……西村くんって、仕事なにしてるの?」
「無職」
「本当に?」
「……それは、あれですか捜査の一環ですか?」
「都合の悪いこと訊かれるたびに毎回、それ言うつもり?」
「みきちゃんさ、わかりやすいよね」
「なにが?」
「仕事モードのとき、全然雰囲気ちがうじゃん。ぴりぴりしてるっていうか」
「そういうの、思っても言わないほうがいいよ」
「なんで?」
「私は嫌だ」
「最初会ったときさ、一瞬ちがう人だと思ったんだ。同級生だってわかんなかった」
「で、」
「今、ああ、みきちゃんだって思って、小学校のときの」
「……奥さんは、帰ってこないの?」
「帰ってこないね」
「大丈夫なの?」
「2、3日帰ってこないってことはよくあるんだよ。でも今回はちょっと長いな。腹を立ててるんだ。リサイタルを本当は決まった月にやっていたんだ。8月じゃない月に。それでこの間イレギュラーに予定を組んだから怒ってる」
「それだけ?」
「大事なことなんだ」
「奥さんは働いてるの?」
「……調べたんだろ? 妻は学生だよ。僕らは妻の父親の稼ぎで生活をしてる。自由にならないことは特別あるわけじゃないが、なんとなく肩身の狭い思いをしているし、いつまでこんな生活を続けるかわからないよ」
「話題、変えるよ。木村濃子さんのことなんだけど、」
「そうだよ。僕は濃子と親しかった。とても、とても親しかったよ」
「奥さんはそのことを知ってた?」
「嫉妬なんかしないんだ、あの人は」
「そうかしら」
「みきちゃん、君は尋問は得意かもしれないが人と話すのは下手なんだね。ごめん、普段はこんなんじゃないんだ。でも今は特に気持ちに余裕がなくて。思ったことをこらえられなくなる。黙って喋ってないでいるだけが限界なんだ。黙って、黙って大事なことを口にしないように体を動かしている。こうやって、こうやってこうやって体を動かしてる。濃子のことについては本当になにも知らないよ。もし、犯人がわかったら見つけ出して殺してやりたいくらいだ。この手で。だって濃子は本当にいい子だったんだ。それでおびき寄せた。あの日だよ8月6日」
「8月6日?」
「君は、僕のことを尾行してたんだろ。それであの夜、あの店にいた。僕は妻のことを尊敬してるんだ。それで、僕は音楽のことはよくわからないけれど、彼女の演奏にはなにか特別なものがあって聞くべき人には聞いて欲しいと思ってる。それなのに、君は仕事の目的であの日、来たんだね。君は、あの日もう、僕の妻が殺人犯だって疑ってたからあそこにやってきた。宮下さんの事件を調べたあとだったんだろ」
「私、奥さんのことを容疑者だって、疑ってるとは一言も言ってないよ」
「じゃあ、なんで会うんだよ。僕らに他に話すことなんかないだろ」
*** *** ***
帰りの電車の中で携帯電話を確認すると水嶋から留守電が入っている。「捜査に関して連絡事項。確認次第折り返し」。自宅に戻ってシャワーを浴びてから水嶋に折り返す。
「もしもし、どうしました」
「遅かったな」
「えーと、デートです」
「はいはい。順調?」
「なんとも、です。でも、月末にうちで詳しい話をしてもらえることに一応なりました。そこからどうなるかわかりませんが、証言をしてもらえるように口説き落とせるかは、私次第なので」
「順調そうだな」
「そうでもないです。今日もちょっとぎくしゃくして。それより要件を」
「甲斐が戻ってくる」
「なんでまた」
「高柳組の捜査で被害者の男性関係を調べていったところに向井の事件との接点ができたらしい。詳しいことはまだ漏れんが、みきちゃんの言ってたことは結構そのままあてはまるかもな」
「警察内部の人間より警察内部に詳しくて水嶋さんには感謝しております」
「うるさいよ」
「証拠を本丸にもっていくタイミングを見計らないといけないですね」
「その前に証拠を準備しないとだな」
「ありますよ」
「『歯』か? 気をつけろよ。身元が怪しすぎる」
彼女が眠る前にもう一度だけ電話が鳴った。電話はみきの父親からだった。別に取り立てて用事があるわけではないが、なかなかみきのほうから連絡をするということもないし、物騒な事件も多いから心配になって電話したと言っていた。父親は同年代の他の女の子とちがって自分の娘がずっと早い段階で自分よりも用心深くたくましくなってしまったことをしばらく前から寂しく思っていた。みきの祖父は警官だった。父親は家電メーカーのサラリーマンだった。自分の父親がなかなか家に帰ってこないせいで父が子どもの頃に寂しい思いをしたり、母親が度々情緒不安定になるのに晒されながら育ったのをみきは知っていた。
みきは父親に相談をもちかけた。今、捜査の関係で定期的に会わないといけない人がいて、今までの捜査であれば相手から必要な情報を引き出すように取り調べればよかったけれど、今回は証言を頼まなければいけないので、自分の味方として振舞ってもらう必要がある。どうしたら相手は思い通りに振舞ってくれるだろうか。警察組織がその人の不利益になる立場を取ることも十分考えられる。父親は娘に言った。その人の話を聞きなさい。どんな話でもできるだけその人から直接聞いて、その人に対する自分の個人的なイメージをなくしていくんだ。そうすると自分も相手もどうやって振る舞うのが一番いいのか見えてくるよ。それで、なるようになさい。どうせ人を思い通りにすることなんてできないから。君のような仕事の人間には一番言ってはいけないことかもしれないけれど、最終的には自分でどうするか決めなさい。自分にとって一番いいやり方を。