飄々舎

京都で活動する創作集団・飄々舎のブログです。記事や作品を発表し、オススメの本、テレビ、舞台なども紹介していきます。メンバーはあかごひねひね、鯖ゼリー、玉木青、ひつじのあゆみ。

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極上のデセール『タルト・タタンの夢』(おすすめ本紹介)

本を読んでいる時に「おやつのようだ」と感じる時がある。

さらっと読める軽めの小説などに対して感じることが多い。

いつから、この感覚を感じるようになったのだろう。

記憶を遡ってみる。小学生の頃。ズッコケ三人組。ハリーポッター。さくらももこのエッセイ。思えばこの頃に読んでいた本は全て、今感じている「おやつ」の感覚で読んでいた。

「おやつじゃない」感覚が生まれたのは中学生の頃だろうか。小学5年生の時に父親の本棚から無断で拝借したが挫折した司馬遼太郎の『竜馬がゆく』への再挑戦。クラスの誰も読んでいない横溝正史の金田一耕助シリーズを読みふけり、常用漢字から外された「せむし」という漢字の読みを国語教師に聞きに行った記憶。古典も読まねばと手を出したジュール・ヴェルヌの『八十日間世界一周』。

思えばこの頃から僕は、「面白そう」「読みたい」だけではなく頭で「読むべき」と思った本にも少しずつ手を出し始めた。

「べき」の本は今まで読んできた本に比べると読むのに若干の我慢がいる。我慢して理想の自分になるための「べき」の本が現れた時、何の我慢もせず、興味と快感のおもむくままに読んでいたそれまでの読書に「おやつ」のラベルが貼られた。

それから、僕の読書はずっと「べき」の本と「おやつ」の本に分かれて続いてきた。

そんな「おやつ」の本で、最近読んでとても気に入った小説が近藤史恵『タルト・タタンの夢』である。

 

タルト・タタンの夢 (創元推理文庫)

タルト・タタンの夢 (創元推理文庫)

 

 

『タルト・タタンの夢』は表題作のほか6編の短編が収録されたミステリ短編集で、タイトルにあるタルト・タタンとはフランスのお菓子でリンゴのタルトの一種だ。可愛らしい表紙の絵につられて衝動買いした本だったが、まさに本のタイトル通り極上のおやつ、もといデザート、もといフランス語でデセールと言うべき本だった。

小説の舞台はとある小さなフランス料理店「パ・マル」。フランス語で「悪くない」という珍妙な名を付けられたこの店の周りで起こる日常の小さな謎を、無口で武士のような風貌の「パ・マル」の料理長、三舟が解決していくストーリーだ。そして、全ての謎には必ず食べ物(多くはフランス料理)が関係している。

久々に、時間を忘れて本を読んだ。

ただ、この本の良さは読者を前のめりにさせ、息を飲んだままページを繰らせる、そういう攻撃的な魅力ではない。むしろ、読んでいると知らず知らずのうちに本の世界観に入り込み、気付くと登場人物がみんな好きになっている。衝撃的な展開や大きな事件は起こらないが、この本の世界にずっととどまっていたいと思わせるような、そんな優しい魅力なのだ。

そしてこの本は、もちろん良い意味でだが、とても軽い。出てくるフランス料理の描写などもくどくなく、頭の片隅で美味しそうだなと思いながらもサクサクと読み進んで行ける。何といってもデセールなのだ。一冊読んだだけでもう動けないほど満腹にさせるような、そんな本ではない。休日の喫茶店で紅茶をお供に。食後の少し空いた時間に。それこそおやつを食べるように少し開いて読む。そんな読み方をおすすめしたい。

そして、全ての短編を読み終わった時、あなたはきっとこんな風に感じるはずだ。

もう終わり?うーん、もう一口食べたかった……

読み終わったあとに残るほんの少しの寂しさ。それこそが、この本が極上のデセールであることの何よりの証明である。

 

タルト・タタンの夢 (創元推理文庫)

タルト・タタンの夢 (創元推理文庫)

(嬉しいことに続編も刊行されている。こちらもとても面白かった。)

 

ヴァン・ショーをあなたに (創元推理文庫)

ヴァン・ショーをあなたに (創元推理文庫)