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飄々舎

京都で活動する創作集団・飄々舎のブログです。記事や作品を発表し、オススメの本、テレビ、舞台なども紹介していきます。メンバーはあかごひねひね、鯖ゼリー、玉木青、ひつじのあゆみ。

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劇場で107本観た2016年 ベスト映画10選

イトウモの2016映画ベスト10

レッドタートル ある島の物語

1 ホース・マネーペドロ・コスタ

2 サウルの息子ネメシュ・ラースロー

3 聖杯たちの騎士テレンス・マリック

4 人生は小説よりも奇なり/アイラ・サックス

5 レッドタートル ある島の物語マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット

6 傷物語 I 鉄血篇/新房照之、尾石達也

7 光りの墓/アピチャッポン・ウイーラセータクン

8 ピートと秘密の友達/デヴィッド・ロウリー

9 エージェント・ウルトラ/ニマ・ヌリザデ

10 ちはやふる-上の句-小泉徳宏

 

 1位の『ホース・マネー』は東京と名古屋で計2回鑑賞。6月に東京造形大で開かれたペドロ・コスタ(※1)のトークショーにも足を運んだ。そこで取ったメモを年末に見返そうと思ったら、結局なくしてしまっていたのだけど、講演の中でコスタ監督は確か、通訳を通じて、「私は、頭の中で想像したストーリーというものに興味がない。目の前にあるものに興味がある」というようなことを話していた。

※1 ペドロ・コスタ(1959〜)ポルトガルの映画監督。リスボン生。代表作に『(1989)』『(1997)』『ヴァンダの部屋(2000)』など。2002年、カンヌ映画祭でフランス文化賞受賞。2010年から東京造形大客員教授

 

 『ペドロ・コスタ 遠い部屋からの声(2007)』に掲載されていたインタビューの中でコスタがデヴィッド・リンチ(※2)のことを「自分の半径5メートル以内にしか興味がない」作家と腐していた。コスタはリンチのように空想の世界で個人的な作品を作る作家、「頭の中で想像したストーリー」を操る作家ではない。コスタの作品はほとんどすべてがドキュメンタリーだ。

※2 デヴィッド・リンチ(1946〜)アメリカ合衆国の映画監督、画家、作曲家。代表作に『ブルーベルベット(1984)』『マルホランド・ドライブ(2003)』など。「カルトの帝王」の異名をとり、古典的なサスペンス映画の話法と独自の視覚、聴覚演出で知られる。 

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  それで、今年公開された新作『ホース・マネー』がまるでリンチの『インランド・エンパイア(※3)のような作品だったことにとても驚いた。こうした感想は、きっとコスタ監督のまったく意図しないものであるとも思う。

※3 『インランド・エンパイア』(2007)ハリウッドに住む女優ニッキー・グレイスは自宅を訪問してきた老婆からポーランド映画『暗い明日の空の上で』の出演を依頼される。ニッキーは出演を承諾し、映画の撮影が始まるが、彼女の実生活を映画、そして原作の『暗い明日の空の下で』の世界は入り混じり始める。現実と虚構の見分けがつかなくなり、夢の中で複数のエピソードを行き来するような映像が展開される。やがて、元のポーランド映画の撮影中に出演俳優が亡くなっていたことが明らかになる。プロットが複雑な混乱を極めた末、映画はニッキーに出演を依頼した老婆がポーランド映画に出演した女優であるかのように示唆し、老婆の亡霊が成仏するかのように映画は突然、終わる。

 『ホース・マネー』にはヴェントゥーラという50代の男が出てくる。彼は旧ポルトガル領、北アフリカカーボ・ヴェルデから移り住んだ労働者で、リスボン郊外のフォンタイーニャスという地区に、彼と同じようなたくさんの移民たちと一緒に暮らしている。結婚し、この街の工場で働き、サラザール独裁政権の崩壊とチューリップ革命を経験し、病気にかかって今にも亡くなろうとしている。

 しかし、コスタはヴェントゥーラの立場に寄り添うことも、歴史を説明することもしない。日本の東京や名古屋の映画館にはいないヴェントゥーラという人物をその場に出現させるための装置として映画は使われる。それは霊媒のようなものに見える。

 映画を見て気付かされる。初めて会う人と会って話すとき、自分はその人が何であるかにあまりにも左右されている。その人が男なのか、女なのか、いくつなのか、どこで生まれてどこに住んでいるのか、職業は何か。でも実際には、それ以前に人間もまた一つの物質であり、骨の周りに肉がついて髪の毛や歯が生えている。語るより前にただ、喉が震えて意味のない音が出る。この映画は、そんなふうに物質としての人間をその場に再現してしまう。本当にそんなことができるのか、思うしれないけれど、それは見てほしい。そして、その人は、私たちが初めて会ったその人が、自分に今まであったことを語る。まるで自分の役を演じる俳優のように話す。それは、リンチの映画『インランド・エンパイア』の夢から夢へと跳び移るような体験とよく似ている。唯一ちがうのは、コスタの方の内容は全て事実だということだ。二人は映画を持った霊媒師に違いなかった。

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 アピチャートポン(※4)の新作『光りの墓』もまた映画を使って、実際にはその場にないものを呼び込もうとする。タイ東北部のある病院で男たちは謎の「眠り病」におかされ、突然意識を失ってしまう。元々はある王の墓だった病院の土地。その地下では王の兵士が戦争を続けており、戦争のために男たちは生気を吸い取られる。食事中にばたんと倒れる男の劇的なショットから、眠り続ける男が並ぶベッドを写すだけのこちらも眠りそうになるシークエンス。決してアニメーションが地下で繰り広げられる王族の戦いが描くというようなことはない。カメラはありふれたものを凝視する。ネオンの点滅、無人のエスカレーター、回り続ける天井のファン。そこになにかの気配を見ようとする。

※4 アピチャートポン・ウイーラセータクン(1970〜)タイの映画監督、美術家。チェンマイを拠点に映画や美術、写真の政策を行う。2010年に『ブンミおじさんの森』でカンヌ国際映画祭パルムドールを受賞。代表作に『トロピカル・マラディ(2004)』『世紀の光(2006)』など

 

 一番楽しい時間が映画館を出た後にやってくる。街灯、通りの向こうを車が走る音、信号機の点滅、車のヘッドライト、見知らぬ建物の窓に覗く室内灯。すべてなにかの暗示ではないかと錯覚する。自分の知覚が別のなにかに拡張されてしまったのを感じながら家路につく。

 7月、アッバス・キアロスタミ(※5)が亡くなった。それで、年末には特集上映でキアロスタミの監督作品を映画館で見ることができた。1997年のカンヌ映画祭パルムドール受賞作『桜桃の味』にも同様の、街中を散歩するときのような瞑想があった。映像メディアがストーリーやテーマを伝えるのではなく、知覚の体験に変わるための方法の一つが瞑想だと思った。主人公の男は自分の自殺を手伝ってくれる者を探して車で郊外の工事現場を彷徨い続ける。鷲鼻、撫でつけられた白髪、太い眉の被さった虚ろな瞳。カメラは男の顔を映し、今度は運転席からフロントガラス越しの景色を移す。カメラは何度も切り返す。そうすると、まるで車を自分で運転しているみたいに錯覚する。彼がなぜ自殺を望むかについて、説明は一切ない。

※5 アッバス・キアロスタミ(1940〜2016)イランを代表する映画監督。代表作に『友だちのうちはどこ?』『クローズ・アップ 』日本で撮影した『ライク・サムワン・イン・ラブ』など。2016年7月にガン療養中のパリで亡くなった。76歳没。

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  彼は次々と自殺幇助の依頼を断られる。最後に彼が出会った美術館で働く剥製技師の男が「人生は列車。放っておけば目的地に着く。途中で飛び降りてはいけない」と語る。ただ男はレンジローバーに乗っている。彼は自分で車を止めることができる。桑の木の近くに車を止めると、根元に穴を掘って中に寝転がる。剥製技師の男は、寝転がった彼に土をかけるように約束をしてくれた。日が落ちる。彼の体に土がかけられる。技師はまた次の日の朝にやってくることになっている。土を被った男に石を投げるために。彼が生きていて、目覚めてくるのを確かめるために。

 画面は暗転し、朝になる。監督のキアロスタミがエキストラにランニングをやめるように告げて、主演の自殺志願の俳優がカメラの前を横切っていく。撮影は終了し、すべては映画の嘘でした、となる。

 映画が死を描けないという問題について、ゴダールは『映画史(※6)の中で映画史がホロコーストを撮り損ねたという話を何度もする。クロード・ランズマンが『ショアー(※7)を作ったことは、直接ホロコーストが撮れないことを一層強調していると。

※6 『ゴダール 映画史(1988)』全8章からなるフランスのビデオ映画シリーズ。

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 ※7 『ショアー(1985)』クロード・ランズマン監督。全編約9時間30分から。当時のポーランドの住人やナチスの親衛隊などアウシュビッツ-ビルケナウ収容所の当事者インタビューを集めたドキュメンタリー。

 ヨーロッパに住んだこともないので、ホロコーストの問題を真剣に、自身に直接関わる問題として考えることは難しい。ただ西洋の映画にはそのテーマがよく登場する。そのとき、ただ、屍体をカメラに映すことは実際にはわざとらしいことなのかもしれない、と想像する。人が倒れている。それを映す。これは屍体、ということにする。映画館に来る人はそれがフィクションだと知っている。考える。どうすれば、本物の屍体だと思ってもらえるか。あるいはどうすれば、もっと怖い映画が作れるか。人がそこで死んでいる、とどれだけ真剣に表せるか。

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  ネメシュ・ラースローの『サウルの息子』、舞台は1944年10月のアウシュビッツ-ビルケナウ収容所。画面の大半を終始、サウルという男の後頭部が覆い続けることだ。その機能は二つある。一つは観客に映画を鑑賞以上に体感させること、もう一つは描けないものとして画面を隠すこと。

 サウルはゾンダーコマンドというナチスに協力して同胞をガス室に送り込み、自らも後々殺される役職を負ったユダヤ人。ガス室の中に残された屍体に山にまだ息のある若い男性を見つける。彼はサウルの息子だった。息子は間も無く息をひきとる。彼は息子を葬るために、職務を離れて収容所雨の中にユダヤ教の聖職者ラビを探す。

 『サウルの息子』は終始、シューティングゲームの操作画面のような構図。しばらく見ていると、他人が運転する車の助手席に座るように不自由な画面にだんだんと息苦しくなってくる。サウルはあちこちに移動する。部屋から部屋へ。建物から建物へ。人混みをかき分け、火事に紛れて収容所を抜け出し、川を泳いで走って森に逃れる。自分で操縦できない乗り物に乗っているような不自由さも感じる。しかし、後半、火を映し、水を映し、カメラごと駆け回る。歴史上の事件が体験型のアクション映画になったことを嬉しく思った。観客はサウルの後頭部を凝視することで、サウルになる。黒塗りの余白になった画面中央の後頭部を使って、その向こう側でサウルが見ているものを想像する。ここで語られる歴史は私たちの頭の中でだけ体験される。『サウルの息子』は映画を体験に変えること、歴史上の出来事を体験に変えること、そして直接表してしまっては意味が損なわれてしまうものを語ることについて優れている映画だと思った。

イトウモ

1 ホース・マネーペドロ・コスタ

2 サウルの息子ネメシュ・ラースロー

3 聖杯たちの騎士テレンス・マリック

4 人生は小説よりも奇なり/アイラ・サックス

5 レッドタートル ある島の物語マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット

6 傷物語 I 鉄血篇/新房照之、尾石達也

7 光りの墓/アピチャッポン・ウイーラセータクン

8 ピートと秘密の友達/デヴィッド・ロウリー

9 エージェント・ウルトラ/ニマ・ヌリザデ

10 ちはやふる-上の句-小泉徳宏

 

 


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