飄々舎

京都で活動する創作集団・飄々舎のブログです。記事や作品を発表し、オススメの本、テレビ、舞台なども紹介していきます。メンバーはあかごひねひね、鯖ゼリー、玉木青、ひつじのあゆみ。

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死にゆくアップル社に向けて書かれた鎮魂歌『アップル ―世界を変えた天才たちの20年―』

あかごひねひねです。

今さっき読み終わった本が面白かったので少し感想を書きます。

 

『アップル ―世界を変えた天才たちの20年―』という本なんですけど。

 

アップル〈上〉―世界を変えた天才たちの20年

アップル〈上〉―世界を変えた天才たちの20年

 

 

アップル〈下〉―世界を変えた天才たちの20年

アップル〈下〉―世界を変えた天才たちの20年

 

 

アップルってのはもちろんあのApple社。iPhoneとかマックブックとかで有名なコンピューター会社のことです。この本はそのアップル社の創業から、出版当時の1998年までを膨大な記録やインタビューをもとに振り返るノンフィクションです。 

もともとこの本は父親の書斎で発見されて、引っ越しの時に僕がもらったものです。うちの父親は90年代からのアップルユーザーで、当時アップルのロゴのTシャツを部屋着にしてたような人(僕は十年以上してからそれがどうやら異常なことであったと気づきました)なので、こんな本を持っていたのだと思います。

この本の何が面白いかって、アップル社がスティーブ・ジョブズのもとでiMaciPodiPhoneなどを開発し大成功を収める直前に書かれているんです。

現在、スティーブ・ジョブズに関しては伝記映画や名言集なんかも出版されてて、あと「ジョブズ流のプレゼン術」みたいな本も出てます。でもなんかこういう本ってちょっと胡散臭いというか、いかにも意識高い系の人が読んでそうでなんとなく敬遠しちゃうんですよね。

その点、この本は違います。何といってもジョブズがほとんど出てきません。具体的には371ページある(上)の36ページでジョブズは追放され、(下)の後半240ページから324ページに出てくるのみです。700ページほどある全体で、ジョブズが出てくるのは合計100ページちょっとです。アップル社の社史なのに。

しかし、それはある意味当然で、この本が出版されたのが1998年。ジョブズは1985年にアップル社を追い出され、戻って来たのは1997年です。しかも、数字だけを見ると、実はジョブズが追い出されてからアップルという会社の規模は10倍くらいに膨れ上がっているんです。

つまり、この本が出版された当時、ジョブズの位置づけは「つい最近、10年以上ぶりに死にかけのアップル社の経営に戻って来た、かつてアップルが今より小さくて勢いがあった頃のカリスマ創業者」に過ぎないというわけです。

では、この本は残りの600ページで主に何を書いているのかというと、ひたすらにアップル社内の権力闘争のグダグダと、アップルが犯した間違いを描き続けるのです。アップルはジョブズが追い出されてから、トップだけでもジョン・スカリー、マイケル・スピンドラー、ギル・アメリオと三人も変わっていますし、それ以外の経営陣も入れると本書には膨大な数の登場人物が入り乱れています。

もうこれがひどいのなんの。かなり批判的に書かれているせいもあるのですが、経営陣のキャラが全員めっちゃ濃くて、その中で誰かを裏切ったり、立場を守るために現場からの提案を却下したりを繰り返すんです。

もちろん、ただ経営陣の内輪もめだけを書くわけではなく、その当時のパソコン業界とアップル社を取り巻く状況や、それに対する対策、結実しなかった様々なプロジェクトなどを事細かに描いていますし、その時代の記憶がほとんどない僕の世代にとってはすごく勉強になります。

で、これは完全な想像なんですけど、2000年以降に似たような本が書かれたら(多分書かれてると思うのですが)、こんな内容には絶対になってないと思うんですよ。

アップルが成功すると分かっている未来からアップル社の社史を描けば、きっと様々なところに「その後の成功につながる何か」を見つけるような内容になるでしょう。しかし、この本は違います。先ほど書いたようにこの本が出版される当時のアップルはどん底で、ジョブズが復活してようやく首をもたげたくらいの状態でした。

具体的には、かつて40ドルで取引されていたアップルの株価は本の終盤では13ドルくらいまで下落しています。そしてジョブズが来て改革が始まって、その期待感から一次的に30ドルくらいまで持ち直したところで、本書は終わっています。

つまり、この本はアップル成功の秘訣というよりは、「パソコン業界であんなに輝いていていた一番星、アップルはどうしてこんなになってしまったのか」という、失敗の振り返りとして書かれているのです。だからこそ経営陣にいざこざや、潰されて日の目を見なかった数多のプロジェクトについてこんなに細かく書かれているのです。

この本の著者ジム・カールトン(ウォールストリート・ジャーナルの記者)は、本の最後でジョブズの復帰直後の様々な改革について評価しつつも、こう書いています。

スティーブ・ジョブズなら(アップルを凋落から救済)できるかもしれない。だが確率からいって、彼にできることはせいぜい落下速度を緩めてアップルをおそらくあと数年生き長らえさせることであり、やがてより大きな企業に呑み込まれるかついに顧客が誰もいなくなるのではなかろうか。

もう、完全にお葬式モードです。

この本は、アップルという会社が本当に瀕死だった時に書かれた、ある意味鎮魂歌のようなものに思えます。

そして、かつて輝いていた企業がマジでもうすぐ死ぬと思っている人が書く文章は、その企業が生き返った後に再現することはできません。

今、アップル関連の書籍やスティーブ・ジョブズの映画を観ても味わえないアップルという会社に対する「ほんとうにどうしようもねえ」という感じがこの本からはひしひしと伝わってきます。

「カリスマのジョブズ」「おしゃれで素敵なアップル」のイメージが浸透し、スターバックスコーヒーにやたらとマックブックエアを持ち込んで仕事をする人が増えている今こそ、どうしようもない死にゆくアップルに捧げられたかつての鎮魂歌をもう一度聞き直すのもまた一興ではないでしょうか。

 

アップル〈上〉―世界を変えた天才たちの20年

アップル〈上〉―世界を変えた天才たちの20年

 

 

アップル〈下〉―世界を変えた天才たちの20年

アップル〈下〉―世界を変えた天才たちの20年