読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

飄々舎

京都で活動する創作集団・飄々舎のブログです。記事や作品を発表し、オススメの本、テレビ、舞台なども紹介していきます。メンバーはあかごひねひね、鯖ゼリー、玉木青、ひつじのあゆみ。

スポンサーリンク

M-1 2016の審査員に松本人志。たけしタモリさんま、そして松本人志以外に「権威」をつくれなくなったテレビについて(再掲)

M-1グランプリ2016 審査員は

玉木(@tamakisei)です。

 
M-1グランプリのファイナリストと審査員が発表されました。

2016年12月4日(日)午後6:30~9:00
 
■決勝進出者
アキナ カミナリ 相席スタート 銀シャリ スリムクラブ ハライチ スーパーマラドーナ さらば青春の光 敗者復活1組
■審査員
 
 
なので、

 

昨年書いたこの記事の続きを再掲します。

(2015年末の話であります。)

 

キングオブコントの審査員システム

 

 

今年のキングオブコントの視聴率はこれまでよりよかったそうです。

キングオブコントは、
「賞レースに敗れた芸人たちを審査員(兼お客さん)にする」という新機軸を打ち出しました。

これは、すごい発明です。

芸人はファイナリストにいちばん敬意を持っているお客さんだし、
敗者と勝者を同時にテレビに出すという残酷ショーにもなるし、
責任を分散して視聴者からのクレームを薄めることができるし、

何より

スタジオの「笑い声」にまったく違和感がない。

一般観覧者の質によってお笑いのできは
大きく左右されます。

去年までのキングオブコント
「何でそこで笑うかね……」みたいなストレスを、
(生なのに!)感じることはほぼなかった。
勘所を知った芸人さんたちは当然、一流のお客さんでもあるわけで。

煽りVTRの段階で芸人さんたちの愛ある笑い声があって、とても好きでした。

それで、今年の方向転換!

「報道、ドラマ……。いまTBSは、「バラエティのTBS」だ!」と思いました。

審査員長に松本人志。さまぁ~ず、バナナマンと続きます。
さすが!と。人選とそろえた実行力がすごい、と。

人海戦術→少数精鋭の切り替えが見事だったと思います。

M-1は少数精鋭→人海戦術

M-1 2015はこの逆です。
あるいは、折衷案とでもいいましょうか。

審査員の数は少ないですが
これまでの「権威」ある大物に責任を負わせ、
チャンピオンを決定するスタイルとは言い難い。

いや、メンツはすごいです。ほんと大好きなメンバー。
やっぱりM-1ってすごかったんだなあと思います。

繰り返し言いますが、これはこれで心から楽しみです。

ただ、
アメトークの通常回でそろうじゃあないか。
と思ってしまったのも事実。
ていうかアメトークならザキヤマもいれただろうから、そっちのほうが豪華かもしれない。

島田紳助が長谷川公彦になって、
どんな手を出してくれるのだろう!と期待していた分、うーん……。

たぶん、ぼくはお笑いファンではないのです。
しいていうならテレビが好きな人
だから、歴代チャンピオンがどんな審査をするのだろ、っていう「通な」楽しみ方ができない。

そんなことより!豪華な顔ぶれ!と
お祭りを待つ気持ちでワクワクしていたわけです。

テレビが大物審査員を用意できなくなった。

……と、言ったものの。

いま、テレビには「権威」を引き受ける「芸人」がいない。
清濁併せのむ「大物」をつくれていない。

偉そうに上から理屈を言う芸人って、ほんとうにいなくなった。

そういう人が、ものすごく嫌われるようになった。
視聴率をとらなくなった。

上岡龍太郎島田紳助松本人志、この下にはだれもいない。千原ジュニアがひな壇に座るようになって、有吉がかるーい毒舌でも、言ったあとに自分で笑う(=冗談だよーと説明する)ようになって、偉そうになりそうな次世代の「芸人」はテレビからいなくなった。

テレビの世代交代はもうムリなのか

たしかに「権威」になっていく芸人は格好悪いもんです。
けれど、誰かがしてくれないといけないと思います。

しかもその人は「芸人」でなくてはなりません。
そうじゃないと、芸で競う賞レースの審査員にはなれない。

まあ、もう。「芸で競う賞レース」がそもそもいらないのかもしれません。

いやでも、それ自体が増えすぎた芸人(しかも肩書きがステイタスになっている)の中から「大物」をつくるためのシステムだったはずなのに。

中川家がチャンピオンになってから、
15年もたっているのに、
中川家はまだ「審査員」にふさわしくないのです。
あんっだけ面白いのに。

この実感がテレビの変化のなさを物語っています。

あるいは、「価値観が多様化して、あくの強い「大物芸人」が生まれない」状況に変化したのかもしれません。

たけしタモリさんまが、最初で最後のBIG3なのかもしれません。

芸人が流行りすぎた

まあでもこれは、「芸人」が流行りすぎたということなんだと思います。
BIG3やダウンタウン(や、とんねるずウッチャンナンチャン)がすごすぎた。
すごすぎたあとは、しばらくそのジャンルから「権威」は生まれないものなのかもしれません。

たとえば個人的には
マツコデラックス、大泉洋中居正広
ポストBIG3になっても納得感があります。

全員、芸人ではありません。

今回のM-1の審査員を見て、
テレビは「権威」がつくれませんでした。
という告白のように思ってしまいました。

「ぼくらの世代の大物芸人」が欲しかったぼくとしては残念です。

最後にあらためて確認

ただ、これは番組の質(面白い漫才が見られるか)とは直接的に関係ありません、たぶん。

松本人志ワイドナショーで、
「ザマンザイでも、ほんとはたけしさんが審査員をやるべきだ」と言っていました。

たしかに大物が生み出す緊張感と、そこで爆発する芸もあるかもとは思います。
でも面白い漫才はたぶん、見られる。
ほんと、心から楽しみに待ちます。
(まだ発表になっていない情報がある可能性も高いし)

書いてみたものの。
批判にも、ブーイングにも、ていうかM-1論にもなりませんでした。

M-1の興奮のなかで、10代を過ごした、テレビ好きの、雑感です、ので。

取り急ぎ。

----------------------------------------------------------------------- 

以上です。中川家や大吉先生が大物となっていくのでしょうか…うーん。

 さらに続きの記事はこちら↓

 

 

広告を非表示にする