第六回よまいでか『邂逅の森』
こんにちは。
今年はどんな一年でしたか。あけましておめでとうございます。もうすぐ一月も終わりますね。なんて、いろいろな書き出しを考えていたのですが、ずるずるとさぼってしまって、そうとう久しぶりの更新になってしまいました。
エゴサすると「まい」という名前の人が「(呼び方は)まいでいいよ!」と親し気に送っているリプライばかり湧いて出てくることでおなじみのよまいでかも気づけば第6回。
今回は熊谷達也『邂逅の森』です。
本作は2004年第131回直木賞受賞の作品。直木賞といえばよまいでかの第一回『王妃の離婚』もまた直木賞受賞作品でした。
ぼくは各所で口にしているように、どちらかといえば純文学と呼ばれる作品をよく読むので、直木賞にはあまり注目していなかったのですが、あの本がたいそう面白かったので最近は気にするようになりました。
ちなみに今回受賞した恩田陸の『蜜蜂と遠雷』は音楽好き必見らしく、読んだ人全員が絶賛しているので早く読みたいところです。
話は戻って、『邂逅の森』。実は同時に第17回山本周五郎賞も受賞しています。純文学界隈でいえば、芥川賞の他に三島由紀夫賞、野間文芸新人賞という「三大文学賞」があるのですが、この山本周五郎賞もまた直木賞に匹敵するエンターテイメントの賞です。
二冠ともなれば期待も増大。ぼくはわくわくしながら読み始めました。
まずはあらすじです。
秋田の貧しい小作農に生まれた富治は、伝統のマタギを生業とし、獣を狩る喜びを知るが、地主の一人娘と恋に落ち、村を追われる。鉱山で働くものの山と狩猟への思いは断ち切れず、再びマタギとして生きる。失われつつある日本の風土を克明に描いて、直木賞、山本周五郎賞を史上初めてダブル受賞した感動巨編。
マタギといえば頭に浮かぶのは獣の皮を羽織って、猟銃で熊を撃ち殺すぼんやりとしたあのイメージ。
熊といえばときおり出没して、人間を襲うことで有名な獣です。くまモンやプーさんでデフォルメされていますが、基本的には恐ろしい怪獣のような存在です。(ちなみに本当に熊を怪物として描いた漫画に『ザ・ワールド・イズ・マイン』というものがあります。ここにもやたらとかっこいいマタギのおじさんがでてきます)
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この小説に描かれたマタギの文化はぼくが、そしておそらくみなさんが思っている以上に過酷で神聖なものでした。
獲物そのものがいないといったような、人間にはどうすることもできない状況を前にして、マタギたちは、何かの理由があって山の神様が獲物を授けてくれないのだと解釈する。
マタギとして山に入り、山の神様に守ってもらうためには、人間の性である欲深さを封じ込め、意識や感覚をできうる限り獣の領域まで近づけなくてはならない。そのための女断ちであり、水垢離であり、そして山歩きであるのだ。
マタギたちが相手にしているのは、シカや熊といった獣というよりは「山の神様」です。ここでの水垢離とは、チームで動くマタギたちの頭領の命令に逆らうなどルール違反をしたときに被る「罰」です。
また新人のマタギも「サンゾクダマリ」と称する、水垢離の通過儀礼を受けることになります。水垢離といえばまずお百度参りが頭をかすめますが、神道において水で体を清めるというのは、穢れを払うために行われる神聖な行いなのです。
あるシーンで山に登ったマタギが町を見下ろし、
「日本て、小っちぇえ国なんだな――」
「んだな、こごがらはぁ、何処さでもひと跨ぎだべ」
と会話する場面がありますが、ここなんかは天皇が行う「国見」にも似た趣があります。山に登り、市井を一望する。マタギたちは、自らを神域に挑ませているのです。
人間対自然。
獣対神。
強大なものに立ち向かうという緊張が文章に満ち満ちていて、ただ文字を読んでいるだけなのに自分も秋田の雪山で熊を待っているかのようなぴりぴりとした空気を感じます。
話の大筋は、主人公富治の成長物語です。
マタギとして「サンゾクダマリ」の洗礼を受け、夜這い(大正時代の話なので夜這いがあります)をかけた女・文枝との恋愛をします。
ただその相手がいけなかった。ある種お決まりのパターンですが、村の長者の娘を手にかけてしまった富治は、文枝の父親によってマタギを辞めさせられ、鉱山へ左遷させられてしまいます。
前に『王妃の離婚』をレビューしたときにも書きましたが、ものすごい王道のストーリーです。
この小説の魅力を三点あげるとすれば、王道ストーリー、キャラクター、情景描写であるといえます。
話はこのあとひょんなことからマタギに戻った富治の結婚を経た、ラスボスとの闘いになります。
コブグマの全身から、人間に対する殺意が放たれていた。
このあたりの緊迫感は、思わず息が止まってしまうほどなので、必見です。
また魅力の一つであるキャラクターですが、富治をはじめ、インチキ商人、小心者の似非マタギ、職人気質の親方など数々登場しますが、何よりも女性が魅力的。
富治が夜這いし、父親によって引き裂かれ他の男と世帯をもつことになった文枝。彼女は離れ離れになりながらも富治を想い続けます。
一方で、鉱山時代の弟子・小太郎の姉であり、幼少期に売られ男に抱かれることでしか生を実感できない女・イク。
いわば処女性と非処女性の両極を担う二人。
富治をめぐっていろいろな悶着(この辺りも王道でおおおおおっとなります)があるのですが、何しろ二人がかっこいい。
基本的に女のことに対しては優柔不断なところのある富治の尻を叩くように、凛としたふるまいで彼女たちは富治に向かいます。
とある場面で、文枝とイクが対面するのですが、ここはここで息の詰まる場面。熊に対し、神に対し戦いを挑む男の世界とは真逆の、人間と人間の戦いです。
熊谷さん、なにしろ文章が濃密なので読ませること読ませること。
魅力的な人間たちが、王道の物語に乗っかって、とんでもない推進力を生みだします。
富治最強の落とし文句、
「俺はクマ撃ちだすけ、鬼の一匹や二匹、なんぼでも撃ってやれるでな」
もどこで登場するか、お楽しみに。
これ、絶対漫画にしたら面白いよなあと思っていたらすでに漫画化されていました。
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ページ数にして500ページ超なのでなかなか分厚いのですが、圧倒的なリーダビリティによってあっという間に読まされてしまいます。
直木賞の選考も参考に引用しておくと、
・力わざである。骨太の作品である。 阿刀田高
・マタギの富治の生き方をまっとうに、一途に書いて、この作品にかけた作者の気迫が伝わってくる。 渡辺淳一
・骨太だが無器用で、新しさなどはどこにもない。それでも、心を打つ物語の力があった。 北方謙三
・久しぶりに骨太の作品を読んだと思った 平岩弓枝
とにかく腰のすわった筆致に、審査員たちも絶賛を送っています。
喰うか喰われるかの命を賭した戦いを繰り広げる男たちの中でも、鉱山時代の弟子にして、のちのマタギ・小太郎はやや腰の引けた人物。
「俺ぁ、ガキのころに村を逃げ出してから、肝心なところでは逃げてばっかりだ。でもよ、兄貴、逃げ足だってとことん磨いてやればよ、閻魔様からだって逃げられるってことも、あるんじゃねえかな」
でも、考えてみればマタギたちが異常なわけで、どうしても小太郎に感情移入しながら読んでしまいました。
折も折、『羆嵐』を読んでいたぼくにとって、恐ろしい怪物を狩ってくれる英雄にして、厳しい文化の保持者、そして神にも近き人間であるマタギの織り成す物語は、極上の時間を提供してくれました。
読み終わったときにぼくの口から漏れ出たのは、「これぞ小説!」でした。
何でもいい。とにかく面白いエンタメが読みたい、と思ったら迷わず『邂逅の森』を手に取ってください。
面白くなかったら水垢離してyoutubeに挙げるので、一報ください。
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