かばんさんを待ちながら④
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かばんさんを待ちながら④
アライさんとフェネックは、体を支え合って、身じろぎもせずに待つ。
プリンセス「いいわ。全員そろったわね。みんなわたしを見てるわね。わたしを見なさい!ドスケベペンギン!」
プリンセスが綱を引っ張る。コウテイ、プリンセスを見る。
プリンセス「それでいいのよ」
プリンセス、歯ブラシをしまい、代わりに小さな吸入器を取り出し、のどを湿らせる。
プリンセス「こほん、こほん。あー、あー。これでよし、と。みんな、聞いてるわね。ドスケベペンギン前進!」
コウテイ、前進する。
プリンセス「そこよ!」
コウテイ、止まる。
プリンセス「では、用意はいいかしら……。顔を上げなさいっていってるのよ!」
プリンセス、綱を引く。
コウテイ、顔を上げる。
フルルはぼんやりしている。
プリンセス「聞いてない相手に話しても意味ないものね。さてと……」
アライさん「アライさんはもう行くのだ」
プリンセス「つまりどういうことだったかしら、あなたたちが聞いたのは?」
フェネック「なぜその子g……」
プリンセス「話の邪魔よ!みんなが一気に話したらどうにもならないでしょう。……で、どういうことだったかしら?……ねえ、どういうことだったかしら。あなたたちが聞いたのは?」
プリンセスはそれを眺めるが分からない。
アライさん「だから、荷物なのだ!その子は荷物をずっと持ってるのだ。こんな風に、ずっと持って、絶対置かないのだ。それはなぜなのだ?」
プリンセス「わかったわ。最初からそう言えばいいのよ。なぜ、コウテイが体を楽にしないか。一つはっきりさせましょう。そうする権利がないからかしら?そんなことはないわ。だって、実際フルルはそうしていないもの。したがって、そうしないのは、したがらないからよ。どう?論理的でしょう。では、どうしてそうしたがらないのか?それを今から話すわね」
アライさん「待ってましたなのだ!」
プリンセス「それは、わたしの同情をひくためよ。わたしに追い出されないためにね」
アライさん「なんだってー!?」
プリンセス「言い方が悪かったかしら。つまり、わたしがあの子と別れる気を起こさないように、わたしの哀れみの情をさそっているのよ。いや、そう言ってしまうと、ちょっと違うかしら」
フェネック「ってことはー、あなたはあの子を厄介払いしたいと思っているのー?」
プリンセス「わたしをうまく丸め込むつもりみたいだけど、そうはいかないわ」
アライさん「厄介払いするつもりなんだな!」
プリンセス「あの子は、よい荷物持ちだというところを見せれば、それでわたしが将来もその役目を続けさせるだろうと思っているのよ」
アライさん「でも、おまえはそれが、もういやになってるんだな?」
プリンセス「実際にあの子の荷物持ちはドスケベを通り越してド下手くそなのよ。もともとあの子は荷物持ちが得意なフレンズじゃないし」
フェネック「だから厄介払いをするつもりなんだねー」
プリンセス「疲れを知らないところを見せれば、わたしが別れたあとで後悔すると思ってるみたいなの。あの子の哀れな計算よ。まるでわたしが言うことを聞くフレンズに不足しているみたいじゃない。そこで、生きるジャパリバスを気取って荷物を持ち続けてるっていうわけ。さ、質問には答えたわ。他にまだあるかしら?」
フェネック「厄介払いをするつもりなんだねー」
プリンセス「考えてみればどんな巡り合わせで、わたしがあの子の立場に、あの子がわたしの立場に立たなかったのかしら。なにごとも運命よね」
アライさん「Y.K.B.するつもりなんだな!」
プリンセス「なんですって?」
フェネック「厄介払いするつもりなんだねー」
プリンセス「そうよ。そうするのは簡単なんだけど、追い出すかわりに、つまりこのいやらしい尻を蹴飛ばしてお払い箱にする代わりに、こうして連れて行くのよ。遊園地のフリーマーケットにね。これがわたしの善意。そこで何とか、他のフレンズに売り払いたいと思ってるわ。本当を言ったら、あんな子たち、追い払ってもどうなるものでもないし、この子たちのことを思うなら、サンドスターを抜いて動物に戻すほかないのよ」
コウテイ、泣き出す。
アライさん「あわわ、泣き出したのだ」
プリンセス「はぁ、一番弱いセルリアンだってもう少し誇りを持ってるわよ」
プリンセス、自分のハンカチをアライさんに差し出す。
プリンセス「かわいそうだと思ったら、慰めてあげてちょうだい」
アライさん「で、でも」
プリンセス「さあ。目をふいてあげて。いくらか、かまってもらえたとは思うだろうし」
アライさん「うう……で、でも」
フェネック「アライさーん、ハンカチをかしてごらん。イヤなら代わたしが代わりにやるよー」
アライさん「うう、いや、アライさんがやるのだ……!」
プリンセス「今のうちよ。じきに泣きやんでしまうわ」
アライさん、コウテイに近づき、目をふこうとする。
コウテイ、いきなりアライさんのスネに乱暴な蹴りを入れる。
アライさん「ぐぎゃあああああああ!!!!!!」
アライさん、ハンカチを落とし、後ろへ飛びのいて、びっこを引きながら周囲を一周する。
プリンセス「ハンカチ!」
コウテイ、トランクとバスケットを置き、ハンカチを拾ってプリンセスに近寄り、渡すと戻ってトランクとバスケットを持つ。
フルルは何もせず見ている。
アライさん「痛いのだー!ひどいのだー!アライさんに怪我をさせたのだー!」
フェネック「みせてごらんよー……あー、血が出ているねー」
プリンセス「元気な証拠ね」
アライさん「もう歩けないのだーー」
フェネック「わたしがだっこして運んであげるよー。必要ならねー」
プリンセス「ほら、もう泣きやんだわ。あなたが身代わりになったってわけね。パークの涙の総量は不変なの。誰か一人が泣き出すたびに、どこかで、誰かが泣きやんでいるのよ。笑いも同じ。ふふっ。だから、今のパークについて悪口を言うのはよしましょう。昔より特に今の方が不幸だというわけじゃないんだから。何も言わないのがいいわよ。確かに、フレンズは増えたけど」
フェネック「アライさーん、歩いてごらんよー」
アライさん、びっこを引きながら歩き始める。コウテイの前で立ち止まり、ふんと鼻を鳴らしてそっぽを向いて、最初に座っていたところに戻る。
プリンセス「そんな、大切なことを教えてくれたのはだれだったと思う?そこにいるふたりなのよ!」
フェネック「夜はまだやってこないのかなー」
プリンセス「ふたりがいなければ、くだらないことの他には感じることも、考えることもできなかったに違いないわ。なにしろわたしがやっていたことは……いや、それはどうでもいいの。第一級の美しさ、真実、そんなものは手に入らなかった。そこでわたしは、鞭フレンズを雇ったの」
フェネック「鞭フレンズ?」
プリンセス「こうなってからもうずいぶん経つわ。そんな風には見えないでしょう?コウテイと比べたら、ずいぶん若く見えない?」
フェネック「何なのさー、その鞭フレンズってのはー」
プリンセス「あなたたちはよそのちほーから来たんだったわね。でも、まさかパークの外から来たわけじゃないわよね。昔はみんなアイドルの歌と踊りを見に行ってたわ。でも今じゃ、鞭フレンズを雇うの。もちろん、それができるフレンズだけの話だけど」
フェネック「それで、今になって追い払うわけかいー?これほど忠実な召使いをさー」
アライさん「同じフレンズとは思えないのだ!」
フェネック「うまい汁をさんざん吸ったあとで、かすは捨てちゃうってわけかいー?まるでジャパリまんのふくろだねー。ねえ、そうじゃないかいー」
プリンセス、頭を抱えてうずくまる。
プリンセス「うう……もう、もうだめなの……とてもがまんできないの……あの子たちのやることなすこと……あなたたちには分からないでしょうね……恐ろしいのよ……あの子たちはクビにしなくてはだめ……わたしは……気が狂いそうなの……もうだめ……もうだめなの……」
沈黙。
フルル以外の三人はプリンセスを見つめている。
コウテイは身震いしている。
フェネック「もうだめだってさー」
アライさん「恐ろしいのだ」
フェネック「気が狂いそうだよー」
アライさん「いやなのだ」
フェネック「ねえー、きみたち二人もさー、恥ずかしいと思わないのかい?こんなにいいご主人様をこんなに苦しめちゃってさー。それも昨日今日のつきあいじゃないって話じゃないかー」
プリンセス「昔は……昔は優しかったの……わたしを助けて……気をまぎらわせてくれて……わたしを良い方に導いてくれた……今じゃ……フレンズを殺す気よ……」
アライさん「取り替えたいってことなのかな」
フェネック「なんだってー?」
アライさん「アライさんにはよく分からないのだ。こいつらを取り替えたいのか、それともそのあとには、その何とかフレンズってのはいらないのか、どっちなのだ?」
フェネック「そうじゃないんじゃないー?」
アライさん「聞いてみるのだ!」
プリンセス「ふたりとも、ごめんなさい。ちょっと取り乱したみたいね。みんな忘れてちょうだい。何を言ったのか自分でもよく分からないの。でも、今言ったことに本当のことはひとつもないわ。これだけは確かよ。わたしが誰かに苦しめられるようなフレンズに見える?このわたしが!冗談じゃないわ!……そういえばわたし、歯ブラシはどうしたかしら?」
アライさん「すばらしい夜なのだ」
フェネック「忘れられないよー」
アライさん「しかもまだ終わってないのだ」
フェネック「どうやらそうらしいねー」
アライさん「始まったばかりなのだ」
フェネック「たまらないねー」
アライさん「まるでお芝居なのだ」
フェネック「遊園地のステージだねー」
プリンセス「どうしたのかしら!あの歯ブラシ!」
アライさん「笑っちゃうのだ!歯ブラシをなくすフレンズなんて見たことないのだ!」
フェネック「わたし、ちょっとうんこしてくるよー」
アライさん「萌えキャラがそんなこと言っちゃだめなのだー」
フェネック「いいわけしておいておくれー」
フェネック、どこかへ行く。
プリンセス「あの歯ブラシを!なくすなんて!」
アライさん「大爆笑、なのだ」
プリンセス「あなた、見なかったかしら?……あら、もうひとりのフレンズがいないわね……もしかして、もう行ってしまったの?わたしにさよならも言わずに?ひどいじゃない!あなたもとめなさいよ!」
アライさん「とめたらきっと漏らしてたのだ」
プリンセス「そう、ならしかたがないわね!」
アライさん「ちょっとこっちにくるのだ」
プリンセス「何よ?」
アライさん「来れば分かるのだ」
プリンセス「立ち上がれっていうの?」
アライさん「はやく来るのだ」
プリンセス、立ち上がってアライさんの方へ行く。
アライさん「あっちを見るのだ!」
プリンセス「あ!」
アライさん「フェネック、おかえりなのだー」
フェネック、帰ってくる。暗い顔。コウテイにぶつかり、椅子を蹴飛ばしてひっくり返し、そのあたりを行ったり来たりする。
プリンセス「おもしろくなさそうね」
アライさん「フェネックは見られなくてざんねんなのだー、フェネックがいないあいだに、さっきまでここではすごいことが起こっていたのだー」
フェネック、立ち止まり、椅子をなおしてまた行ったり来たりする。やや静まる。
プリンセス「落ち着いてきたわね。辺りの何もかもが、落ち着いてきたわ。大いなる平和が降りてくる。聞きなさい。パークガイドはまどろむ」
フェネック「夜は来ないつもりなのかなー」
三人とも、空を眺める。
プリンセス「あなたたちは、日が暮れるまでここにいるつもり?」
アライさん「それが実は……ってさっきも言ったのだ」
プリンセス「そうね、聞いたわね。わたしもあなたたちと同じ立場だったら、その……かだんさん?…かべん……がだん……、分かるわよね、だれのことか。そのフレンズとの約束があれば、真っ暗になるまで待ってみてからあきらめるわ。ところで、座りたいんだけど、どうしたらいいかしら」
アライさん「何かてつだおうか?」
プリンセス「そうね。あなたに頼んでもらいましょうか」
アライさん「え?」
プリンセス「あなたがわたしに、座ってって、頼んでみるの」
アライさん「それで役に立つのか?」
プリンセス「たぶんね」
アライさん「よし、じゃあ。座ってほしいのだー」
プリンセス「いやいや、それにはおよびませんわ……もう少し、熱心に(ボソッ)」
アライさん「そんな風に立ったままでは、よくないのだ。風邪をひいてしまうのだ」
プリンセス「そう?」
アライさん「絶対そうなのだ」
プリンセス「そこまでいうなら座ってあげようかしら」
プリンセス、座る。
プリンセス「ありがとう。これでまた落ち着けたわ。でも、そろそろ失礼する時間ね。遅れるといけないから」
フェネック「時間は止まっているよー」
プリンセス「それはいけないわ。あなた。そんなこと考えるものじゃないわよ。何を考えようと勝手だけど、それだけはいけないわ」
アライさん「今日のフェネックには何もかも暗く見えてるのだ」
プリンセス「ただし大空は別ってわけね。ふふ、なんてね。でも、それもしばらくの辛抱。あ、そうか、あなたたちここにすんでるフレンズじゃないのよね。だったら仕方ないわ。ここの夕焼けがどんなものか、まだ知らないんですものね。ひとつ、わたしが話してあげるわ。」
沈黙。
アライさんは靴を、フェネックは耳をそれぞれいじっている。
プリンセス「では、ご期待にそって。えへん。静粛に」
アライさんとフェネックは自分の用事を続けている。
コウテイは眠っている。
フルルはラッキービーストを抱えてぼんやりしている。
プリンセス、鞭をふるうが小さな音しか出ない。
プリンセス「どうしたのかしら、この鞭」
プリンセスがもう一度強く鞭をふるうと、やっと大きな音が響く。
コウテイは飛び上がる。
アライさんとフェネック、びっくりする。アライさんは靴を落とす。
プリンセス、鞭を捨てる。
プリンセス「役に立たないわね。これはもう。えっと、わたし、何を言ってたかしら?」
フェネック「アライさーん、もう行こうよー」
アライさん「そう立ったままでは寿命がちじまるのだ」
プリンセス「そうだったわ」
プリンセス、座る。
プリンセス「あなた、お名前は、なんだっけ?」
フェネック「トキです」
プリンセス「あっ!そうそう!夜の話をしてたのよ!でも、もうすこし気をつけて聞いてもらわないとどうにもならないわね。見なさい、あの空を」
コウテイは居眠りをしている。
プリンセスは綱を引っ張る。
プリンセス「空を見なさいドスケベペンギン!……よろしい。何の不思議があるかしら?あの空に。今の時間の空としてはあたりまえに、青く明るいわ。このちほーでは……あ、天気の良いときの話だけどね……紅白の光の波を、絶え間なく、朝の……十時にしようかしら……朝の十時まだきからわれわれにそそいでくれたこの大空は、およそ……うーん、一時間くらいかしら……小半時以来、しだいしだいに少しずつ、青みを増して、増し続けて、ついには……スパーーーッ!終わりよ!もう動かないわ!……でも、その静けさ、優しさのベールの陰に、夜は早足でやってくる。そしてわたしたちに飛びかかる。……タッ!っと。こう。わたしたちが考えもしなかった時にね。……いつも、こんな具合よ。このドスケベちほーではね」
長い沈黙。
【つづく】
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