かばんさんを待ちながら➆
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かばんさんを待ちながら➆
アライさん、立ち止まる。フェネックとアライさん、声の方を見る。
アライさん「また始まったのだ」
フェネック「こっちにおいでよー」
草むらからサーバルがびくびくしながら出てくる。
サーバル「ミライさんは?」
フェネック「わたしだよー」
アライさん「何の用なのだ?」
フェネック「もっとこっちにおいでよー」
サーバル、動かない。
アライさん「こっちに来るのだ!」
サーバル、びくびくしながら近寄り、立ち止まる。
フェネック「いったい何なのさー?」
サーバル「かばんちゃんが……(黙る)」
フェネック「そんなことだと思ったよー。こっちへおいでー」
サーバル、動かない。
アライさん「こっちへ来るのだ!」
サーバル、びくびくと前に出て、止まる。
アライさん「どうして、こんなに遅くなったのだ?」
フェネック「かばんさんからの伝言があるのかいー?」
サーバル「そうなんだ!」
フェネック「そうか。言ってごらんよー」
アライさん「どうして遅くなったのだ?」
サーバル、二人をかわるがわる見る。どちらに返事していいか分からない。
フェネック「アライさーん、そんなにガミガミ言っちゃだめだよー」
アライさん「フェネックは黙ってるのだ!今何時かわかってるのか?」
サーバル「でも、わたしのせいじゃないよ!」
アライさん「じゃあアライさんのせいなのか?」
サーバル「怖かったんだよ」
アライさん「怖いって、何が怖いのだ?アライさんたちか?セルリアンか?……何か答えるのだ!」
フェネック「分かってる。怖がらせたのはあの連中だよー」
アライさん「いつからここにいるのだ?」
サーバル「ちょっと前からだよ」
フェネック「鞭が怖かったんだねー」
サーバル「うん」
フェネック「叫び声がー?」
サーバル「うん」
フェネック「あの三匹のフレンズがー?」
サーバル「うん」
フェネック「あのフレンズ、知ってるかいー?」
サーバル「知らないや」
フェネック「君は、このあたりがナワバリなのー?」
サーバル「うん」
アライさん「みんなうそっぱちなのだ!本当のことを言ーうーのーだー!(サーバルの手をゆすりながら)」
サーバル「全部本当のことだよ!」
フェネック「いいからそっとしといてあげなよー。アライさんちょっと変だよー?」
アライさん、サーバルから手を離すと、両手で顔をおおう。
アライさん、ゆがんだ顔を見せる。
フェネック「どうしたのさー」
アライさん「アライさんは不幸なのだ」
フェネック「なに言ってるんだよアライさんーそれはいつからだいー?」
アライさん「忘れたのだ」
フェネック「記憶っていうのは本当にあてにならないからねー……。それで?」
サーバル「かばんちゃんが……」
サーバル「わたし、わかんないや」
フェネック「わたしのこと、知らないー?」
サーバル「うん」
フェネック「きのう、来たんじゃないかいー?」
サーバル「来てないよ」
フェネック「ここへ来たのは初めてかいー?」
サーバル「そうだよ」
沈黙
フェネック「誰でも一度はそう言うけどねー。じゃあ、続きを聞こうかー」
サーバル「えっとね、かばんちゃんがね、今晩は来られないけど、明日はかならず行くからって言うようにって」
フェネック「それだけかいー?」
サーバル「うん」
フェネック「君はかばんさんといっしょに旅をしてるのー?」
サーバル「うん」
フェネック「普段は何をしてるんだいー?」
サーバル「狩りごっことか」
フェネック「かばんさんは君には優しいかいー?」
サーバル「うん!」
フェネック「いじわるしたりしないのかいー?」
サーバル「うん。わたしにはしないよ」
フェネック「じゃあ、誰にいじわるするんだいー?」
サーバル「ほかのフレンズとか」
フェネック「へえ!ほかのフレンズもいるのかい?」
サーバル「うん」
フェネック「他のフレンズは普段何してるんだいー?」
サーバル「狩りごっことか」
フェネック「どうして君にはいじわるしないんだろー?」
サーバル「わかんないや」
フェネック「きっと君が好きなんだよー」
サーバル「わかんないや」
フェネック「ジャパリまんはたくさんくれるかいー?」
サーバル「えっと……」
フェネック「かばんさんは、君にジャパリまんをたくさんくれるかいー?」
サーバル「……うん。すっごく」
フェネック「君は不幸じゃないんだねー」
サーバル「……」
フェネック「聞いてるのかいー?」
サーバル「うん」
フェネック「じゃあ、答えてよー」
サーバル「わたし、わかんないや」
フェネック「自分が不幸かどうか、わからないのかいー?」
サーバル「うん」
フェネック「わたしとおなじだねー。君はどこに寝てるの?」
サーバル「草むらとか」
フェネック「他のフレンズも一緒かいー?」
サーバル「うん」
フェネック「柔らかい草の上でー?」
サーバル「うん」
間
フェネック「もう、行っていいよー」
サーバル「かばんちゃんに何て言う?」
フェネック「そうだなー、私たちに会ったって言っておいてよー。だって君は私たちに会ったからねー」
サーバル「うん……分かった」
サーバル、走り去る。
光がいきなり弱くなり、一瞬にして夜になる。月がのぼり、世界を銀色に照らす。
フェネック「やっとだよー」
アライさん、片手に靴を両方持って、フェネックに近づき、それを置くと腰を伸ばして月を眺める。
フェネック「どうしたんだい?アライさーん?」
アライさん「フェネックと同じなのだ。月の光を見ているのだ」
フェネック「わたしが見てるのはアライさんの靴だよー」
アライさん「ここに残しておくのだ。誰かアライさんと同じように……とにかく、アライさんより足が小さいフレンズが来たら、きっと喜ぶのだ」
フェネック「だって、靴なしじゃ歩けないよー」
アライさん「"ボス"は歩いたのだ」
フェネック「"ボス"?アライさーん、そりゃないよー。いくらなんでも、自分と"ボス"を一緒にするなんてさー」
アライさん「アライさんはずっと、アライさんと"ボス"を一緒にしてきたのだ!」
フェネック「だってあれは、もっと暑いちほーの話じゃないかー」
アライさん「そうなのだ。それに、"ボス"は結局、海に沈んでしまったのだ」
沈黙。
フェネック「もう、ここにいても仕方がないんじゃないかなー」
アライさん「他だってダメなのだ」
フェネック「アライさーん。そんなこと言うもんじゃないよー。明日になれば、きっと何もかも上手くいくよー」
アライさん「どうしてなのだ?」
フェネック「さっき、あの子が言ったのを聞いてなかったのかいー?」
アライさん「聞いてなかったのだ」
フェネック「かばんさんは明日は必ず来るっていってたじゃないかー」
アライさん「じゃあ、ここで待ってればいいのだ」
フェネック「それはダメだよー。夜露をしのがなくちゃー。さあ、行こう?アライさーん」
アライさん、フェネックに腕を引かれ最初は従うがやがて逆らい、立ち止まる。
アライさん、木を眺める。
アライさん「綱一本ないのが残念なのだ」
フェネック「行こう。寒くなってきたよー」
アライさん「明日は綱を持ってくることを、思い出させてほしいのだ」
フェネック「はいよー。さあ」
アライさん「フェネックとずっと一緒にいるようになってから、どれくらいになるのだ?」
フェネック「うーん、どれくらいになるだろうねー」
アライさん「アライさんがじゃんぐるちほーの川へ落ちた時のこと覚えてるか?」
フェネック「ぶどうを摘んでいたんだってねー」
アライさん「そしてフェネックに釣り上げられたのだ」
アライさん「アライさんの毛皮が、日の光で乾いたのだ」
フェネック「もう考えるのやめなよー。さあ、行こう?」
アライさん「ちょっと待つのだ」
フェネック「寒いじゃないかー」
アライさん「ときどき思うのだ。アライさんとフェネックは、お互い別々に、一人でいたほうがよかったんじゃないかって。もともと、同じ道を歩くようには、できていなかったのだ」
フェネック「どうかなー。それはわからないよー」
アライさん「分からないといえば、何だって分からないのだ」
フェネック「その方がいいっていうなら、いつだって別れられるんだよー」
アライさん「今じゃもう、無駄なのだ」
沈黙。
フェネック「そうだねー。今じゃもう、無駄だねー」
沈黙。
アライさん「それじゃあ、行くのだ」
フェネック「うん。行こう」
二人は、動かない。
【第一部 完】
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