かばんさんを待ちながら②
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かばんさんを待ちながら②
フェネック「アライさーん……アライさーん……」
フェネック「……」
フェネック「アーラーイーさーーん!!!!」
アライさん、びっくりして眼をさます。
アライさん「……眠っていたのだ。フェネックはいつも、どうして眠らせておいてくれないのだ?」
フェネック「寂しくなったんだよー」
アライさん「夢を見たのだ」
フェネック「夢の話はしないでおくれよー」
アライさん「その夢というのが……」
フェネック「しないでって言ってるじゃないか!」
アライさん「今いる、この夢だけでじゅうぶんだって言うのか?フェネックもひどいのだ。アライさんが見た秘密の悪い夢を、フェネックに打ち明けないで誰に打ち明けるのだ?」
フェネック「秘密なら打ち明けないほうがいいよー。わたしががまんできないってことはアライさんも知ってるはずじゃないかー」
アライさん「アライさんだってたまに考えるのだ……アライさんたちは、別れた方がいいんじゃないかって」
フェネック「もし別れたら、先は見えてるよー」
アライさん「そうなのだ。確かにそこがうまくいかないところなのだ。行く手は美しく、旅人は善良というやつなのだ。ねえ?フェネック。フェネックー?」
フェネック「静かにしなよー」
アライさん「静かに、静かに……アルパカならこんな風に言うのだ。しずぅかぁにしなぁよおおおお。……アルパカがジャパリまんをもらいに行った話を知ってるか?」
フェネック「知ってるよー」
アライさん「話してほしいのだ」
フェネック「やだよー」
アライさん「アルパカが、お腹がすいてふらふらになったからジャパリまんをもらいに山を下りたのだ。チケット屋さんで、ピンクのジャパリまんか、茶色のジャパリまんか、オレンジのジャパリまんか聞かれたら、アルパカは……」
フェネック「聞きたくないってアライさん!!」
フェネック、立ち去る。アライさん、立ち上がり、しばらくついていく。そこで、少し遠いフェネックを見ながらボクシングを見ている客が思わず力を込めるのにも似たそぶりをする。
フェネックが帰ってくるが、アライさんの前を眼を伏せたまま横切る。
アライさんはその方に二、三歩行きかけて、立ち止まる。
アライさん「フェネック、何を言いかけていたのだ?アライさんに言ってみるのだ。……何が言いたかったのだ……?フェネック……ねえ、フェネック」
フェネック「何も言うことはないよー」
アライさん「お、怒ったのか?ごめんなさいなのだ。……フェネック、フェネック、ほら手を出すのだ。アライさんを抱きしめて欲しいのだ!」
フェネック、一瞬体をこわばらすが、折れて抱き合う。
アライさん「フェネックがネギ臭いのだー!」
フェネック「薬のにおいだよー。さて、どうしよう」
アライさん「待つのだ」
フェネック「うん。だからそのあいだだよー」
アライさん「首をつってみるのはどうだ?」
フェネック「まっすぐ立つにはいいかもしれないけどねー」
アライさん「首をつるとまっすぐになるのか?」
フェネック「それだけじゃないけどねー。首をつってサンドスターがこぼれたところにはマンドラゴラが生えるのさー。むしると叫び声をあげるのはそのせいなんだってさー。アライさんは知らなかったのかーい?」
アライさん「面白そうなのだ!やってみるのだ!」
フェネック「その枝でかい?少し心細いねーこれは」
アライさん「とにかくやってみるのだ」
フェネック「じゃあやってみなよー」
アライさん「アライさんはあとからでいいのだ」
フェネック「そりゃだめだよー。アライさんが先だよー」
アライさん「なぜなのだ?」
フェネック「アライさんはわたしより軽いじゃないかー」
アライさん「だからあとにするのだ」
フェネック「よくわかんないなー」
アライさん「まあ、ちょっと考えてみるのだ」
フェネック、考える。
フェネック「やっぱりわからないなー」
アライさん「よし、アライさんが説明してあげるのだ!えーっと……枝は……枝は……」
アライさん、話しながら考えるが思いつかない。
アライさん「え、枝は……枝は……もー!フェネックも少しは分かろうとするのだ!」
フェネック「頼みの綱はアライさんだけだよー」
アライさん「えーっと、アライさん、は、軽い……枝、折れない……アライさん、死ぬ。フェネック……重い……枝、折れる……フェネック、死ねない……フェネック、ひとりぼっち。だけど、その、えっと、つまり、一言でいうと……」
フェネック「それは考えなかったよー」
アライさん「つまり、大は小を兼ねるのだ!!」
フェネック「でもアライさーん。ほんとうにわたしの方がアライさんよりも重いのかなー?」
アライさん「そう言ったのはフェネックなのだ。アライさんは知らないのだ!とにかく、どっちかがもう片方より重いのには違いないのだ。多分そうなのだ」
フェネック「じゃあ、どうしようかー?」
アライさん「どうもしないことにするのだ。その方が確かなのだ」
フェネック「なんていうか聞いてからにしようかー」
アライさん「誰に聞くのだ?」
フェネック「かばんさんだよー」
アライさん「ああ、そうか」
フェネック「はっきりするまで待とうよー」
アライさん「でも、溶岩は固まると手遅れになるともいうのだ」
フェネック「かばんさん、なんていうかなー。面白そうじゃんー。聞くだけだったらこっちはどうってことないしねー」
アライさん「いったい、かばんさんに何を頼んだのだ?」
フェネック「あのときアライさんもいたじゃないかー」
アライさん「見てなかったのだ」
フェネック「ふーん、でも、別にはっきりしたことじゃないよー」
アライさん「何かを強くおねがいしたのか?」
フェネック「そうだねー」
アライさん「それともぼんやり、何かをおねがいしたのか?」
フェネック「そうとも言えるねー」
アライさん「フェネックったらはっきりしないのだ!かばんさんはなんて返事したのだ?」
フェネック「考えてみるってさー」
アライさん「今は何も約束できませんが」
フェネック「いずれよく」
アライさん「熟慮のうえで」
フェネック「フレンズたちとも相談し」
アライさん「ボスとも」
フェネック「博士とも」
アライさん「助手とも」
フェネック「小説家とも」
アライさん「名探偵とも」
フェネック「そのうえで返事する」
アライさん「無理もないのだ」
フェネック「だよねー」
アライさん「そうなのだ」
フェネック「そうなんだよー」
休憩
アライさん「でも、そこでアライさんたちは?」
フェネック「え?」
アライさん「そこで、アライさんたちはって言ってるのだ」
フェネック「なんのことさー」
アライさん「そこでアライさんたちの役割はどうなるのだ?」
フェネック「わたしたちの役割?」
アライさん「ゆっくり考えてみるのだ」
フェネック「わたしたちの役割は、泣きつくことだよー」
アライさん「そこまで落ちぶれたのか?」
フェネック「アライさん閣下は特権を主張するとおっしゃるわけだねー?」
アライさん「うう、もう、それもできないのか?」
フェネック、笑うが、前の笑いと同様すぐやめる。同じしぐさ。ただし、微笑はしない。
フェネック「笑わせるねー。笑えるものなら、だけどさー」
アライさん「その権利はなくしてしまったのか?」
フェネック「安売りしちゃったんだよー」
沈黙。二人とも両腕をだらりと下げて、頭を顔にうずめ、膝を折ったまま、身じろぎもしない。
アライさん「縛られてるわけじゃ……」
フェネック「静かに!」
二人は耳をすます。体はこわばってグロテスク。
アライさん「アライさんには何も聞こえないのだ」
フェネック「しっ!」
二人は、耳をすます。アライさんは、重心を失って、倒れかける。フェネックの腕につかまるので、フェネックもよろめく。二人は、つかまり合って、目を見合わせたまま、耳をすましつづける。
フェネック「……わたしにも聞こえないよー」
アライさん「おどかさないでほしいのだー」
フェネック「あの人だと思ったものだからさー」
アライさん「誰なのだ?」
フェネック「かばんさんさ」
アライさん「ふん!風にざわめく葦の音だったのだ!」
フェネック「確かに叫び声だと思ったんだけどねー」
アライさん「だけど、かばんさんが叫ぶのはなぜなのだ?」
フェネック「セルリアンを追ってるからさー」
沈黙
アライさん「もう、行くのだ」
フェネック「どこへさー?もしかしたら、今晩はあのバスの中で寝られるかもしれないよー。お腹をいっぱいにして、柔らかい椅子の上でさー。まつだけのことはあるよー。そう思わないかいー?」
アライさん「一晩中待つことはないのだ」
フェネック「まだ明るいじゃないかー」
沈黙
アライさん「お腹がヘったのだー」
フェネック「人参をあげようか?」
アライさん「ジャパリまんはないのか?」
フェネック「あとは大根が少しあったかなー」
アライさん「人参の方がいいのだ」
フェネックは、ポケットを探って大根を引き出し、アライさんに渡す。
アライさん「ありがとうなのだ!あむっ……って、これは大根なのだー!」
フェネック「おや、ごめんよー。てっきり人参だと思ったよー」
再びポケットを探るが、大根しか見つからない。
フェネック「あー、これはみんな大根だねー。この前アライさんが食べたのでおしまいだったんだよー。きっと。……あ、いや、待ってねー。あったよ人参。はい、どうぞー。大事に食べなよー。もうそれっきりだからさー」
アライさん「多分、アライさんはさっきフェネックに何か聞いていたのだ」
フェネック「へー」
アライさん「フェネックは返事をしてくれたのか?」
フェネック「どうだいアライさーん。人参はおいしいかいー?」
アライさん「うん。甘いのだ」
フェネック「それはよかったよー。それで、何が知りたいのさー?」
アライさん「何だっけな。これだからいやなのだ。フェネックの人参はとってもおいしいのだ。もぐもぐ。……ちょっと待つのだ!思い出しそうなのだ!」
フェネック「でー?」
アライさん「もぐもぐ。……縛られてるわけじゃないんだろう?」
フェネック「さっぱり分からないよー」
アライさん「縛られてるのかって聞いてるのだ」
フェネック「縛られてるってどんなふうにさー?」
アライさん「手足を縛られてるのだ」
フェネック「誰が、誰にさー?」
アライさん「待ってる相手になのだ」
フェネック「かばんさんにー?まさか、そんなわけないよー。……少なくとも今のところはさー」
アライさん「相手はかばんさんっていうのか?」
フェネック「どうもそうらしいよー」
アライさん「むぅ、おかしいのだ!食べれば食べるほどおいしくなくなってくるのだ!」
フェネック「わたしは反対だよー」
アライさん「どういうことなのだ?」
フェネック「食べてるうちに味になれてくるってことさー」
アライさん「……それは反対って呼ぶものなのか?」
フェネック「気質の違いだよー」
アライさん「性格の違いなのだ!」
フェネック「どうしようもないことさー」
アライさん「じたばたしてもむだなのだ」
フェネック「フレンズってそうそう変われるものではないからねー」
アライさん「苦しむだけ損なのだ」
フェネック「芯は結局おなじだからねー」
アライさん「どうしようもないのだ。フェネック、あと、食べるか?」
すぐ近くで恐ろしい叫び声がひびきわたる。アライさんは人参を落としてしまう。
【つづく】
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